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歴博「くらしの植物苑」2000年前の縄文時代に咲く大賀ハスが美しい‼️

 

 

 

大賀ハスをかねてより、みじかなところで観たいと言う願望があった。いつも行く、歴博付属「くらしの植物苑」に2鉢の大賀ハスがあり、時々行っては、早く咲かないかとマークしていた。千葉公園の大賀ハス祭りや、DIC川村美術館の池に咲く大賀ハスも終わり、今か今かと待っていったところ咲き出しました。咲き始めて2〜3日。このハスの命は四日間と言われているのでギリギリセーフでした。あと2つはつぼみになっているので楽しみだ。ぜひ、ヨリミチしてみてください。

縄文人が眺めていた美しい大賀ハス❗4日間の命の輝き❗

〜咲き始めてから4日間のいのちー〜

 

2000年の時を超えて❗

 
      
大賀ハス発祥の地(千葉市花見川区)
大賀ハス 写真
大賀ハス

2000年前の花咲く 昭和26年(1951)3月30日、千葉市内の東京帝大検見川厚生農場の泥炭層から、約2000年前の古ハスの実が発見されました。発見者は岡山市出身の植物学者・大賀一郎博士で、博士は3粒発見された実のうち1粒の発芽に成功、翌年7月18日に見事に大輪の花を咲かせました。このニュースは国内外に報道され、この年11月17日付米国ライフ誌にも掲載されています。ハスは博士の姓を採って「大賀ハス」と名づけられました。
ハスの実の発見地となった農場は現在東大検見川総合運動場となっています。発見地の近くにはハス池が作られ、6月から7月には大賀ハスが可憐な淡紅色の花を咲かせ、訪れる人の目を楽しませています。

研究と信仰に捧げた生涯 大賀博士は明治16年(1883)、岡山県賀陽郡川入村(現:岡山市川入)に生まれ、岡山中学から第一高等学校(東京)、そして東京帝国大学に学びました。古代ハスの研究を始めたのは、南満州鉄道株式会社社員となって大連(中国遼寧省大連市)に赴任した後の大正7年(1918)頃のことです。その後、米国やヨーロッパに遊学して古代ハスの研究や古種子の発芽実験を行ってその成果が認められ、さらに大賀ハスの発見により世界に知られる植物学者となりました。博士は70歳を超えても「あと 300年生きて研究する時間が欲しい」というほど研究意欲が旺盛な根っからの研究者でした。また博士は敬虔なクリスチャンでもあり、満州滞在時にも日曜学校を30余りも創設するなどキリスト教の伝道に努めました。

国立歴史民俗博物館付属「くらしの植物苑」の大賀ハス

 

 

発掘された古代ハスの実3個のうち1個だけが成長し、この蓮根が検見川農場・千葉公園・千葉県農業試験場の3つに分けられました。

 

初開花と博士と伊原

 

大賀ハスの発祥

古代ハスの実発見!!昭和26(1951)年3月30日に1個、4月6日に2個のハスの実が、千葉県検見川の東京大学検見川厚生農場(現・東京大学検見川総合運動場)だった泥炭地で、大賀一郎博士と地元小中学生らによって発掘されました。そして、このうちの1個の実が、翌年の昭和27(1952)年7月18日に、大賀ハスは見事に花を咲かせ、2000年の眠りから目を覚ましたのです。 このBIGニュースは世界を駆け巡り、国内では『毎日グラフ』、海外ではアメリカの雑誌『LIFE』でも紹介されました。その人気は今でも衰えることなく、千葉公園でも「世界最古の花」として例年大勢の人々に親しまれています。

ちはなちゃんハスの花の4日間

開花1日目  、早朝4~5時頃から花弁がゆるみ始め、とっくり型に開いた後、8時頃には閉じ始めます。雄しべが花托に密着しています。

開花2日目、  深夜1時頃からゆるみ出し、朝7~9時頃に全開します。花容が最も優美になり、葯が開いて香りが強まります。花托は黄色みを帯びます。

開花3日目、深夜1時頃から開きはじめ、9~10時頃に全開して花径が最大となります。花色はややあせ、昼頃に閉じ始め半開の状態で終わります。

開花4日目、  8時頃までに全開となり、花弁が少しずつ散り始め午後3時過ぎには完全に散ります。花の退色が進み、花托上面は緑が濃くなります。

ミソハギの特徴

日本各地の湿原や小川、用水路の縁などに見られる多年草です。茎はまっすぐに立ち、株元は少し木質化します。そして細い地下茎を伸ばして群生します。葉はふつう対になってつき、細長い卵形で小さく、濃い緑色です。濃いマゼンタピンクの花が、茎の先端に穂になって咲きます。1輪の花の大きさは1cm弱です。
エゾミソハギ(Lythrum salicaria)も同じような環境に生え、全体にやや大きく、花が密につきます。花穂の部分に毛が生えているのが明確な区別点です。
お盆の迎え火をたく前に、この花で周囲に水をまく風習は現在でも各地で広く見られます。開花期間が長く、これといった病害虫がないうえ、水湿地の植物のためウォーター・ガーデンの植え込みに適していて、普通の草花が育たないような湿った土壌でよく生育します。

 

 

半夏生(ハンゲショウ)

雑節の一つ。夏至から11日目で,太陽暦では7月2日ごろ。このころ〈半夏〉(カラスビシャク)という名の毒草が生えるのでこの名が生まれたという。全国的に農繁期の一応の終了期とされている。ハンゲハンゲなどの語呂合せで〈半夏半毛〉〈半夏半作〉などといい,この日までに田植を終わらないと秋の実りが遅れて半分しか収穫量が見込めないというが,これはアワまきについてもいわれる。〈ハンゲの後に農なし〉などともいう。作業に一段落つけてから数日間の農休みをとり,餅をついたり,だんご,すし,麦こがし,まんじゅうなどを作って食べる所が多いが,ヤマノイモやサバ(鯖)を食べる所もある。

 

センノウの特徴

 

鎌倉時代の末から室町時代の初めごろ、中国から渡来した多年草です。全体に短い毛が生えていて、直立する茎には葉が対になってつきます。茎は根元より数本~10数本が株立ちとなります。花は茎の先端にまとまって咲き、花弁の先端は細かに切れ込んでいるのが特徴です。花は目のさめるようなカーマイン・レッド(朱色を帯びた明るい赤)です。原産地の中国ではタネでふえる野生系がありますが、日本で現在栽培されているのはタネができない3倍体であるため、さし木か株分けでふやします。室町時代には七夕のころに、贈答品としてセンノウの切り花が盛んにやり取りされ、観賞されていました。そのため七夕を仙節(仙翁花の節)とも呼びました。
同様に栽培できるものにマツモトセンノウ(Lychis sieboldii [Silene sieboldii] )があります。花色は朱色、桃色、白で、八重咲きもあり、全体に赤紫色を帯びるものもあります。姿はセンノウに似ていますが、やや草丈が低く30~60cmほど、5月から6月に開花します。オトメセンノウ(L. × haageana)はマツモトセンノウとエゾセンノウの交配種で、花の切れ込みがやや深くなっています。花色は朱色のみですが、性質はより強健です。

 

サクラオグルマ

千葉県佐倉付近の道ばたなどで多湿地にはえる多年草。地下に根茎がある。高さ50cm内外。茎は直立,伏毛がある。ホソバオグルマに似るが,それよりも葉が広く,かつ長く,12cm内外,質は薄く,全緑または多少低い歯状きょ歯がある。花は秋,平頂の散房状に分枝し,径2.5cm位の黄色の頭花をつける。和名は産地ににちなみ,種小名は発見者。 ◆北隆館「原色牧野植物大図鑑(続編)」より

 

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

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