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晩秋🍂大名庭園、駒込「六義園の紅葉🍁」を散策しました‼️

晩秋の六義園の紅葉を観に行った春のしだれ桜が咲く頃来たので久しぶりだった。この庭園は柳沢吉保が7年かけて平地を造成して作った庭園で、徳川綱吉が気に入って、この庭園に足を運んだ回数は58回を数えるほど気に入った庭園だったと記録されている。春の桜と秋の紅葉は風情があっていい。ぜひ、ヨリミチをオススメします。

 

柳沢吉保が造営7年、徳川綱吉も愛した六義園の紅葉を観てきました🍁

六義園の造園手法:回遊式築山泉水庭園

東京を代表する日本庭園「六義園」〜アクセス・見どころ・イベントなど〜

© (公財)東京観光財団

六義園は、回遊式築山泉水庭園という日本庭園の代表的な造園手法で造られています。このスタイルの庭には、泉水(せんすい)と呼ばれる大きな池、人工的につくった山である築山(つきやま)などがあり、園内を歩いて回りながら、景色を楽しめるのが特徴です。

 

六義園駒込入口

庭園案内図

 

特別名勝、六義園の説明板

六義園の概要

六義園は、徳川5代将軍徳川綱吉側用人柳沢吉保が、自らの下屋敷として造営した大名庭園である。1695年(元禄8年)に加賀藩の旧下屋敷跡地を綱吉から拝領した柳沢は、約2万7千の平坦な土地に土を盛って丘を築き、千川上水を引いて池を掘り、7年の歳月をかけて、起伏のある景観をもつ回遊式築山泉水庭園を現出させた。

今日、案内していただいたボランティアガイド。丁度、ガイドツアー出発の時だった。

「六義園」の名称は、紀貫之が『古今和歌集』の序文に書いた「六義」(むくさ)という和歌の六つの基調を表す語に由来する六義園は自らも和歌に造詣が深かった柳沢が、この「六義」を『古今和歌集』にある和歌が詠うままに庭園として再現しようとしたもので、紀州の和歌浦を中心とした美しい歌枕の風景を写して、庭園を造ろうと思い立った。その設計は柳沢本人によるものと伝えられている。

1702年(元禄15年)に庭園と下屋敷が一通り完成すると、以後将軍綱吉のお成りが頻繁に行われるようになる。その回数は記録されているだけで58回もあり、吉保の寵臣ぶりもさることながら、この庭園自体が当時にあっても天下一品のものと評価されていたことが窺える

渡月橋

「和歌のうら 芦辺の田鶴の鳴声に 夜わたる月の 影そさひしき」の歌から名づけられた石の橋。2枚の大岩の重量感が、あたりの雰囲気を引き締めています。

柳沢吉保について

【甲斐国】より

…綱重から子綱豊(のちの家宣)が将軍綱吉の養嗣子として江戸城西丸に入るまで甲府家は43年間続いた。1704年(宝永1)柳沢吉保が山梨,八代,巨摩3郡を受封,子吉里が24年(享保9)転封するまで2代にわたって国中地方を領有した。これに対して郡内領(都留郡)は,1601年鳥居成次が谷村(やむら)城主に任ぜられたが,子成行が徳川忠長の事件のため家老として32年改易されると,幕領となって城番が置かれた。…

【川越藩】より

信綱は川越城を拡大再建,地割・町割を行って城下町に十ヵ町四門前の制度を整備し,新河岸川舟運の開設,荒川瀬替えに伴う川堤築造,武蔵野開発と野火止用水開削,総検地の実施,二毛作・早稲・畑作奨励と技術指導を用い,藩政確立に尽力した。その孫信輝は94年(元禄7)下総国古河に転じ,代わって側用人柳沢吉保が7万2030石で入った。吉保は川越南方の立野を開発,検地によって三富(さんとめ)新田を成立させた。…

【甲州金】より

…(1)古甲金(ここうきん) 元禄(1704)以前の甲州金の総称で,竹流金,判金,碁石金,太鼓判金等があり,表は無文のものが多く品位が高かった。(2)甲安金(こうやすきん) 1707年(宝永4)から14年(正徳4)に甲斐に封ぜられた柳沢吉保が,元禄小判改悪にならって改鋳したもの。(3)甲安今吹(こうやすいまふき) 1714年に吉保の子吉里が正徳小判に準じて改鋳したもの。…

【側用人】より

側用人はまったく奥向きの職であり,表方の役職に対し制度上の権限をもつものではないが,将軍の厚い恩寵を背景にその発言は政務の上に強大な権威をもった。ことに成貞に続く柳沢吉保に至っては,官は左近衛少将という大老格に昇進し,綱吉の寵遇いちじるしかったので,その権勢増大はなはだしく,側用人政治とも評せられた。6代家宣,7代家継の代にも間部詮房(まなべあきふさ)がこれに登用され,幕政の中枢に位置した。…

【柳沢騒動物】より

…柳沢騒動を材料にした作品群をいう。柳沢吉保は,小身者から将軍徳川綱吉の寵愛(ちようあい)を得て大大名に出世したが,実録本の《護国女太平記》は吉保を野望をもつ悪人として描き,講釈ではお家騒動風に脚色して語られた。歌舞伎の作品はこれらを材料にして作られた。…

【六義園】より

東京都文京区本駒込6丁目にある回遊式の庭園。柳沢吉保の下屋敷跡。将軍徳川綱吉より1695年(元禄8)当時の染井村駒込に4万7000坪の地を与えられた吉保が7ヵ年余をかけて完成し,彼みずから園名を六義園(むくさのその),屋形を六義館(むくさのたち)と名付けた。…

※「柳沢吉保」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

紅葉もまだ観られました

ささかにの道

ささかにとはクモの古い呼び名で、老が峰の北側を通る樹幹の小道はクモの糸のように細いところから、そう名付けられました。この小道に限らず、園内の樹間の道をたどると、吉保が歩いた和歌の世界へと次第に誘われていくようです。

ボランティアガイドさん、庭園を古今和歌集から説明しています。

六義園八十八境に映しだされた万葉の地、和歌山市の説明

しだれ桜の説明

大道芸、江戸大神楽

柳沢吉保公

 

アクセス

六義園から徒歩圏内にある最寄り駅は

駒込駅(JR山手線、東京メトロ・南北線)
千石駅(都営地下鉄・三田線)

上記の2駅でこのうち土地勘の無い方でも分かりやすくアクセスに便利な駅は「駒込」駅です。また最寄り駅に乗り入れている地下鉄の「南北線」と「三田線」は少々マイナーな路線で一般の観光客にはあまり馴染みのない路線です、都内在住の方は別として観光客の多くはJR山手線を利用してアクセスするのが一般的となっています。

 

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

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