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新酒番船で新酒🍶を西宮〜江戸まで、58時間で運んでいたとは驚き‼️

竹芝桟橋小型船ターミナルから、視察船「新東京丸」で東京港一周のクルージングをした。日本一の物流基地東京港は、活気付いていた。芝浦ふ頭、品川ふ頭、大井コンテナふ頭、青海コンテナふ頭とふ頭には、赤いキリンのガントリークレーンが忙しく動いていた。このような姿になったのには長い歴史がある。その歴史を見せてくれるのが、到着した青海客船ターミナルから程近い、東京ミナトリエ(東京臨海部広報展示室)だ。徳川家康が入府した時から今に至る東京港の歴史をジオラマで説明してくれる。また、頼めばガイド案内もしてくれる。こんなみじかなところに勉強になる施設があるとは知らんかった。ぜひ、ヨリミチをオススメする

 

東京港の歴史がわかりやすく展示されている!東京ミナトリエ🏗

新酒番船🚤
しんしゅばんせん

江戸時代に,菱垣廻船の新綿番船にならって,樽廻船が行なった新酒の輸送レースで,毎年 11月頃伊丹,灘など関西産の新酒を積んだ廻船を,大坂西宮の樽廻船問屋 14軒が1隻ずつ仕立て,西宮-江戸間を競争で輸送したもの。その始りは,樽廻船仲間が成立した享保 15 (1730) 年直後で,大坂と西宮から同時刻に出帆して江戸到着を競ったが,のちには西宮出帆に統一された。航海は5日前後で走るのが普通で,速いときは 58時間つまり2日半足らずで走破している。新綿番船とならぶ年中行事として,大坂と江戸の人気を沸せていた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

 

今回の主役は「新酒番船」⛵

 
教科書で江戸時代の海運と言うと、菱垣廻船、樽廻船ですが、これらもシュナイダー杯のように元禄から明治2年まで約160年間に渡って毎年上方から江戸への一番乗りレースが開催されていました。 スコッチ・ウィスキーの「カティ・サーク」で有名な英国の中国-ロンドン間のクリッパーによる紅茶一番茶争い、ティー・レースよりも古い伝統を持っていた訳です。
 
お酒は腐敗しやすかったので、積荷を混載する菱垣廻船では積載に時間がかかってしまい都合が悪かったのです。 そこでお酒運搬船用につくられたのが樽廻船です。
 
1833年に江戸に持ち込まれた酒が4斗樽で約100万樽、この内約半分が灘(摂津の他の地域は除く)から送られていました。江戸の人口を女子供も入れて100万人とすると、一人4斗=72リットル。成年男子はざっくり半分でも一人1日4合。地酒もあってでしょうから大酒飲みぶりにも驚きますが、灘からだけでも毎年50万樽が船で江戸まで輸送されていたのにはさらに驚かされます。 航海中の程よい揺れが杉材の樽からエキスを抽出して、ウィスキーやワインのように味がよくなっていたと言われています。
 
一番大きな樽廻船で1800石、単位換算では1800x10斗=324トンですが、大体2000樽(144,000リットル)程積載できたようです。 50万樽を運ぶのには平均的な船の大きさが半分の900石としても500艘の樽廻船が必要な計算になりますね。
 
競争のおかげで航海技術は進歩し、船も大型化して行きます。 天候にもよりますが、上方から江戸まで平均で1週間、早い船は2.4日で到着していたそうですからやはり何でも民営化、競争するのが一番のイノベーションのようです。
 
さて江戸っ子は初鰹に大枚をはたきますが、その年の新酒一番乗り、つまりレースの勝者の酒はご祝儀も相まって相場の5倍程で販売できたそうです。また一番を獲得した船は「惣一番」と言ってその年は品川沖、大阪で後から入港しても荷役は順番を飛び越えて一番にして貰える特権が付与されていたようで。 簡単に言うと大儲けができたと言う話しですね。英国のティー・レースでも中国からもたらされる一番茶は非常に珍重され高値がついたと言われています。
 

樽廻船、これで新酒を運んだ!

樽廻船
たるかいせん

江戸時代,大坂-江戸間の定期船。菱垣廻船の例にならって寛永4 (1627) 年に開業した大坂の富田屋や摂津伝法村の毛馬屋などの船問屋は,大坂の船問屋たちに対抗できなくなったため,寛文年間 (1661~73) 頃から駿河の 200~400石積みの船を雇い入れて酒,醤油,酢,塗物,木綿,紙などの雑貨を江戸に運送したのに始る。速力が出るため初めこの廻船を「小早」といったが,最大の荷主が西宮や灘の酒元であったことから樽廻船と呼ばれるようになった。高速で低運賃であったため,18~19世紀には菱垣廻船を圧倒した。とりわけ安永1 (1772) 年の両廻船協定,同2年の株仲間公許により,酒は樽船の一方積み,西宮付近の米,ぬか,藍玉,そうめん,酢,醤油,ろうそくは樽・菱垣両積み,そのほかはすべて菱垣の一方積みと定められたが,この協定を破って樽廻船は隆盛をきわめ,天保 12 (1841) 年の幕府の株仲間停止は,まもなく再興したとはいえ,この積荷勝手次第の傾向を助長した。しかし幕末,蒸気船の出現により打撃を受けて,1875年両廻船は合併した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

TOKYOミナトリエ概要

東京臨海部を一望できる地上100mのフロアで、東京港や臨海副都心の歴史、現在、未来の姿について紹介します。

主な展示内容

  • ヒストリーギャラリー
    港と江戸・東京400年の歩みを写真の年表で紹介
  • 江戸デッキ
    江戸の河岸の様子を再現したジオラマなどで江戸時代の海運、港が生んだ文化を紹介
  • ポートデッキ
    東京の戦後復興と成長を支えた東京港の各エピソードを映像で紹介
  • フューチャーデッキ
    ガントリークレーンの操作席、臨海副都心の共同溝内部など、普段入れない場所をタブレットを使用して体験できる「みなとづくりバーチャル探検」など
写真
ジオラマの展示(江戸デッキ)

 

菱垣廻船

      

ジオラマで説明

 

新酒番船から新川に新酒が到着した有様をジオラマで再現然

競争に勝ち抜いた「惣一番」の旗を持った大喜びの、船乗りグループ

振る舞い酒

江戸、新川の河岸風景。

「惣一番」が練り歩く

「惣一番」のお披露目

新酒が江戸、新川河岸に到着風景

水の都、江戸の鳥瞰図

最新のジオラマでみる東京港

TOKYOミナトリエからの外観

所在地

江東区青海2-4-24青海フロンティアビル20階

開室時間

10時〜18時((金曜)(土曜)祝前日は21時まで)。月曜休室

お問い合わせ
港湾局広報・国際担当 電話03-5320-5524
東京臨海部広報展示室 電話03-5500-2587
ホームページhttp://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/03/31/04.html

 

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

  • 江戸城(皇居東御苑)の「城壁、反りの美」や「石垣の積み方」を探求しました🏯

  • 小泉癸巳男が版画で描いた昭和初めのTOKYO🏙東京国立近代美術館にて開催中🖼

  • 新酒番船で新酒🍶を西宮〜江戸まで、58時間で運んでいたとは驚き‼️

  • 2018「伝統の朝顔展」歴博付属「くらしの植物苑」にて開催中💠

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