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佐倉学専門講座「利根川図誌」赤松宗旦ゆかりの布川を訪ねてバスハイク🚌

利根川図誌」については、昨年、偶然に、佐倉市民カレッジのまちづくりで、「利根川図誌」をテーマにしているチームがあったので頭の隅に入っていた。今回、佐倉市立臼井公民館主催で、佐倉学専門講座「利根川図誌」赤松宗旦ゆかりの布川を訪ねて」バスハイクが、佐倉市広報で募集があったので応募した。先着順であったが、佐倉市広報が出てすぐに、当日応募したので枠の中に入った。当日聞くところによると、翌日には応募を締め切ったとの事であった。ラッキー🤞初めての地、利根町布川を一日かけて探索した。有意義な歴史探訪の一日であった。



当日のコース

佐倉市臼井公民館前⇨利根町役場⇨徳満寺の間引絵馬⇨赤松宗旦旧居⇨赤松宗旦の墓⇨布川神社、ツクマヒの説明⇨柳田國男記念公苑⇨利根町役場⇨佐倉市臼井公民館前

柳田國男の原点「間引き絵馬」に衝撃!茨城・利根町「徳満寺」📗

利根町役場の前は利根川が流れている。



利根町役場に到着。ここが今回の出発点である。

今回、参加の人たちが町役場前に集う。

桜はまだ固い蕾。

杉野嵩雲絵馬(すぎのすううんえま)

杉野嵩雲絵馬書家の杉野東山の弟、杉野嵩雲による絵馬で、琴平神がおぼれている子供を救う様子が描かれています。嘉永4年(1851)、金刀比羅神社に奉納されたものです。

杉野東山篆額(すぎのとうざんてんがく)

布川の書家杉野東山によるもので、金刀比羅神社に奉納されています。裏面には、「天保十五(1844)甲辰盂春、彫工塗箔、押戸村 杉山林哲、同宗哲」とあります。

金比羅神社

金刀比羅神社奉納相撲

秋分の日に金刀比羅神社で「金刀比羅神社奉納相撲」が行われます。寛政7年(1795)から始められたといわれる伝統行事です。
小林一茶は享和3年(1803)に布川を訪れた際、金刀比羅相撲を見学し「正面は親の顔なり負け相撲」の句を残しています。
さらに、この賑わいを詠んだ一茶の「べったりと人のな木や宮角力」の句は有名で、その句碑が境内にあります。



徳満寺の参道階段をあがると本堂がみえる。

徳満寺

徳満寺(真言宗)は元亀年間(1570~)に祐誠上人が中興した寺で当初は今の門前に建てられていましたが、この地を治めていた豊島氏が滅ぶと城跡(現在の場所)に寺を移しました。境内にある地蔵堂には地蔵菩薩が安置され「子育て地蔵」と呼ばれ、親しまれています。少年期の柳田國男に大きな衝撃を与えたといわれている「間引き絵馬」は本堂廊下に掲げられています。





徳満寺本堂

徳満寺の間引絵馬

徳満寺の本堂廊下には、「間引絵馬」が掲げられています。絵馬には、母親が必死の形相で生まれたばかりの子供の口をふさいでいる様が描かれており、水害と天明の飢饉に襲われた農民の悲惨さを象徴しています。民俗学者柳田國男は13歳のとき(明治20年)長兄のいる布川に身を寄せ2年余を過ごしましたが、布川での様々な体験と、この「間引絵馬」、そして「利根川図志」にふれたことが、後に民俗学を志す原点になったといわれています。

この「間引き絵馬」が、柳田國男少年の将来進むべき道を示した!?

金銅板両界曼荼羅(こんどうばんりょうかいまんだら)

府川城址にある布川の徳満寺(真言宗)の寺宝であり、赤松宗旦も「布川案内記」の中で、その重要性を高く評価しています。曼荼羅は一面が横約50㎝、縦が約100㎝の金剛界、胎蔵界の二面で、それぞれ九枚の金銅板から成り立っています。各板共に各尊像の概要を打ち出しで現わし、更に線彫を加えて図様を一層明瞭にしています。制作時期は建久5年(1194年)で、現在は東京国立博物館に寄託されています。



木造地蔵菩薩立像

木造地蔵菩薩立像布川の徳満寺(真言宗)の地蔵菩薩は「子育て地蔵」と呼ばれ親しまれています。。元禄時代に京都の六派羅密寺より勧請したもので、身丈約2.2mの立像です。毎年11月24日から次の日曜日まで開帳され、土・日曜日には「地蔵市」が開かれます。

  

十九夜塔

境内には、日本最古の「十九夜塔(じゅうくやとう)」がある。かつて、日暦十九日の夜、寺や当番の家に集まって、如意輪観音(にょいりんかんのん)の前で般若心経や和讃を唱える行事(十九夜講)があった。これは、特に茨城や栃木などで盛んに行われていたとされる。この「十九夜塔」は、万治元年(1658年)のものであり、今見つかっている中では日本最古の石塔である。

府川城跡(布川城)

府川城は、中世末期の永正16年(1519)頃、豊島頼継が当時「府川」(布川となったのは近世に入ってから)と呼ばれていた台地に築いた城です。天正18年(1590)に豊島氏が滅んだあと、「府川城を守りて、常陸の佐竹義宣に備えるべし」と松平信一が府川城主として配置されています。この城は、現在の徳満寺付近一帯にありましたが、今は、空掘と土塁の跡のみが残っています。

徳満寺境内にフキノトウが顔を出していました。

赤松宗旦旧居



赤松宗旦旧居の裏方は、高い利根川の堤防になっている。

   

赤松宗旦の笏記(日記の事)



利根川図誌売却先一覧

利根川全図

著書、利根川図誌

布川河岸図絵

    



赤松宗旦の墓

来見寺

徳満寺と並んで利根町を代表する寺で、なんと徳川家康ゆかりの名刹です。
永禄3年(1560)、当時の府川城主豊島頼継(としまよりつぐ)が開基したので、当初、頼継寺(らいけいじ)と呼ばれました。
この名が現在の来見寺となったのは、また府川が布川と変化したのも、
さらにこの布川の地が「松替の郷」と呼ばれるようになったのも・・・
なんと徳川家康がからんでいるのです。
そして入口の山門が赤いのも・・・

「利根川図誌」巻三、「布川大明神併ツクマイ図」を現場で説明

神事、尋橦(つくまい)

利根川図志「つくまい圖」
例大祭は旧暦6月14日、15日、16日の3日間行われ、
初日に神輿が〆切(現在は内宿)の御仮殿(おかりや)に遷座し、
16日最終日に本殿に還御、このときに境内で尋橦(つく)の舞が
開催されました。(布川神社臨時大祭 参照)
尋橦は元禄の頃(1688~1703)から明治末にかけて
行われていましたが、明治42年(1909)以降は途絶えています。
尋橦とは、船型に長さ8間(14.4m)ほどの帆柱を立て、
雨蛙の面をつけ竹弓を持った舞人が、柱の上に登って
種々の舞をまうというものです。

このとき童子が鶴・亀・鹿・猿・龍などの面をつけ
船中で地舞をまったということです。

下は、赤松宗旦『利根川図志』「ツクマヒ圖」より。
この面を雨蛤(アマガヘル)の面といふ。古物なり。年々緑青にてぬり種々に彩色す。目口鼻ハ丹色なり。錏(シコロ)赤紙裏は青黄赤の紙にてはる。
tanupon 補注:
圖は、図の異体字。
錏とは、兜の左右・後方につけて垂らし、首から襟の防御とするもの。
尋橦は利根町が元祖―赤松宗旦『利根川図志』の記述
布川大明神 來見寺より東方山ノ端(はし)に在り。馬場町の上なり。祭神句々廻馳(くゞのち)ノ命、例祭六月十四日、〆切の假殿に神輿を出す。十五日屋臺等を出し甚賑へり。十六日神輿本殿に歸る時、境内に尋橦(つくまひ)の舞あり。先庭上に船形を造る。これを御船(おふね)といふ。これに帆柱を立つるをツク柱といふ(長八間許)。舞人雨蛤(あまがへる)の面といふを被り、立附(たちつけ)をはき竹弓を持ち柱に上り、その上にて種々(さまざま)の狀(かたち)を爲す。觀る人戦慄す。この時船中にて、八九歳の男子數人をして地舞(ぢまひ)を舞わしむ。鶴龜鹿猿龍等の面を被る。中にも蟒蛇(だいじゃ)が姫を呑まむとするを、山伏の防ぎ護る狀(さま)を爲すは、素戔嗚尊の故事を學ぶなるべし。舞の狀(さま)笛鼓の囃等、至って古風なり。

布川大明神大例祭、ツクマヒ図





 

ツクマヒの説明

 

柳田國男、布川に幼少期滞在中の記

幼少期より非凡な記憶力を持ち、11歳のときに地元辻川の旧家三木家に預けられ、その膨大な蔵書を読破し、12歳の時、医者を開業していた長男の鼎に引き取られ茨城県と千葉県の境である下総の利根川べりの布川(現・利根町)に住んだ。生地とは異なった利根川の風物や貧困にあえぐ人たちに強い印象を受ける。徳満寺という寺では、間引き絵馬(母親が、生んだばかりの我が子の命を奪っている姿を描いている)を見て、終生忘れることの出来ない衝撃を受ける。また、隣家の小川家の蔵書を乱読した。16歳のときに東京に住んでいた三兄井上通泰(帝国大学医科大学に在学中)と同居、図書館に通い読書を続ける。三兄の紹介で森鴎外の門をたたく。17歳の時、尋常中学共立学校(のちの開成高等学校)に編入学する。この年、田山花袋を知る。翌年、郁文館中学校に転校し進級する。19歳にして第一高等中学校に進学、青年期を迎える。東京帝国大学法科大学政治科(現・東京大学法学部政治学科)卒業後、明治33年(1900年)に農商務省に入り、主に東北地方の農村の実態を調査・研究するようになる。



柳田國男の資料館

 





布川の歴史散歩が終わり、佐倉市に戻るところ。

問合せ

利根町役場
〒300-1696
茨城県北相馬郡利根町布川841-1
【TEL】0297-68-2211
【FAX】0297-68-7990

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

  • 江戸城(皇居東御苑)の「城壁、反りの美」や「石垣の積み方」を探求しました🏯

  • 小泉癸巳男が版画で描いた昭和初めのTOKYO🏙東京国立近代美術館にて開催中🖼

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