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平成30年(2018年)元旦は、成田山新勝寺へ初詣🌄

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平成30年の元旦に、成田山新勝寺に初詣に行ってきた。我が家では、毎年、御守りを、元旦に差し替えるのが習わしになっているからだ。佐倉から成田は京成電車ですぐのところにあるので、午後の遅い時間に行って護摩焚きする時間、成田山新勝寺境内を散策して、ブログ用の写真を撮った。参拝客が多い境内であったが、活気が溢れて正月らしい雰囲気を醸し出していた。今年も、好奇心を持って外に出て、いろいろとチャレンジしたいと思っている🌅



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平成30年(2018年)元旦に、成田山新勝寺へ初詣しました🌅

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大本堂

仁王門をくぐり、石段を上りきった正面に建つ、当寺の中心となる堂。本尊不動明王像を安置する。入母屋造り二重屋根の鉄筋コンクリート造で、規模は間口95.4m、奥行59.9m、棟高32.6m。1968年建立(設計:吉田五十八研究室 施工:大林組)。

今年も、全国2位の参拝者。人の波でした。

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成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)

千葉県成田市にある真言宗智山派の寺であり、同派の大本山のひとつである。本尊は不動明王。関東地方では有数の参詣人を集める著名寺院で、家内安全、交通安全などを祈る護摩祈祷のために訪れる人も多い。不動明王信仰の寺院のひとつであり、寺名は一般には「成田不動」あるいは単に「成田山」と呼ばれることが多い。
2008年4月に開基1070年を迎えた(正確には、開基1068年にあたるが、開基1000年祭を1938年に祝ったため、2008年を開基1070年としている)。

毎年、千葉県警は正月の初詣参拝客数を発表しており、その数は2006年では約275万人、2007年は約290万人となっており、明治神宮に次ぐ全国二位、千葉県内一位である(仏閣としては全国一位)。現在では概ね全国二位が定着しているが、定着前は川崎大師に次ぐ全国三位(仏閣としては全国二位)だった。

寺紋は葉牡丹である。



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歴史

成田山新勝寺は平安時代中期に起きた平将門の乱の際、939年(天慶2年)朱雀天皇の密勅により寛朝僧正を東国へ遣わしたことに起源を持つ。寛朝は京の高雄山(神護寺)護摩堂の空海作の不動明王像を奉じて東国へ下り、翌940年(天慶3年)、海路にて上総国尾垂浜に上陸。平将門を調伏するため、下総国公津ヶ原で不動護摩の儀式を行った。新勝寺はこの天慶3年を開山の年としている。乱平定の後の永禄年間(1566年(永禄9年)頃と考えられるが未詳)に成田村一七軒党代表の名主が不動明王像を背負って遷座されて伽藍を建立された場所が、現在の成田市並木町にある「不動塚」周辺と伝えられ成田山発祥の地と言われている。「また新たに勝つ」という語句に因み新勝寺と名づけられ、東国鎮護の寺院となった。その後、新勝寺は戦国期の混乱の中で荒廃し、江戸時代までは寂れ寺となっていた。

江戸時代には、江戸(征夷大将軍の城下)でたびたび成田不動の「出開帳」(現代の語感でいえば、「秘宝特別出張公開」)が行われた。1703年(元禄16年)、深川永代寺(富岡八幡宮の別当寺で、廃仏毀釈により廃寺になったが、塔頭寺院が1896年(明治29年)名跡を再興した)で行われたのが初めで、江戸時代を通じて12回の出開帳が行われた記録がある。歌舞伎役者の市川團十郎が成田不動に帰依して「成田屋」の屋号を名乗り、不動明王が登場する芝居を打ったことなどもあいまって、成田不動は庶民の信仰を集め、成田参詣が盛んとなる。

明治維新以降、新勝寺はお札を通じて、戦時下の人々の精神的な助けとなった。当寺の「身代わり札」は「鉄砲玉から身を守る札」として日清戦争当時から軍人らに深く信仰されていた。満州事変から1945年の敗戦に至るまで、「成田市史年表」から拾い出すだけでも、33年から41年までの間に、歩兵第57連隊の兵士や近衛兵たちが10回以上も参拝し武運長久を祈願、お札を身につけている。 18代住職荒木照定は1928年に新更会を設立、「成田町報」などを通じて、地域の民衆に対して、日本古来の伝統的思想の教化に積極的に努めた。1938年には陸海軍に「新勝号」「成田山号」と名づけた戦闘機を献納、また真珠湾攻撃の翌日にはそれぞれに10万円を献納するなど、新勝寺は積極的に協力した。

2007年11月28日、着工から3年8か月をかけたケヤキ造りの総門(高さ15m,桁行14m,梁行8m)が完成。



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三重塔①

国の重要文化財。大本堂の手前右手に建つ、1712年(正徳2年)建立の塔。高さ25mの中規模の塔だが、近くにある大本堂に比較して小さく見える。軒裏には垂木(軒を支える棒状の部材)を用いず、雲文を刻んだ板で軒を支える板軒とする。初層は各面の中央を扉とし、その両脇の柱間には十六羅漢の彫刻を施す。この他、柱、長押、貫などの部材に地紋彫りを施すなど、近世建築らしく装飾性豊かな塔である。

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見事な雲水紋が彫られている、二軒の板垂木である。
江戸時代の宮大工の素晴らしい技術が見られます。

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三重塔②

日光東照宮の五重塔と成田山の三重塔が
日本で一番絢爛豪華であろう。
是非見ていただきたいのは、二軒の板垂木である。
厚さ20cm以上ある板に雲水紋が彫られています、
他の社寺では見ることが出来ない見事な造りである。
三重塔心柱の墨書きには、下記の様に書かれています。
棟梁は「櫻井瀬左衛門」の宮大工としての、素晴らしい技術
棟 梁      常州那珂郡羽黒村 桜井瀬左衛門
次棟梁         同国同郡        中野左五兵衛 
       同国茨城郡笠間 藤田孫平次  
竜の尾垂木彫刻 下総国武射郡堺村 伊藤金右衛門
 彫物師 江戸○○住 無関圓鉄 羽目板「十六羅漢図」彫刻
法起寺(ほっきじ)の三重塔(国宝)が現存最古の三重塔である。
創建は慶雲3年(708年)

成田山三重塔扉上部の彫刻

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お琴(北側)・囲碁(西側)・琴高仙人(東側)・孟母三遷(南側)





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一切経堂

1722(享保7)年に建立され、1831(天保2)年、1962(昭和37)年、1966(昭和41)年、1986(昭和61)年、1998(平成10)年、2009(平成21)年と多くの修復を繰り返してきました。堂内の輪蔵には、一切経(約2,000冊)が納められています。入口の額は、かの松平定信公の筆によるものです。

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釈迦堂

国の重要文化財。大本堂左手の広場に建つ入母屋造の仏堂で、1858年(安政5年)建立の旧本堂。後述の光明堂(これも旧本堂)と似た形式になるが、規模はこちらの方が一回り大きく、屋根正面に千鳥破風を付ける点も異なっている。堂の周囲には二十四孝と五百羅漢の浮彫が施されている。

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五百羅漢

仏陀に常に付き添った500人の弟子、または仏滅後の第1回の結集(けつじゅう、仏典)に集まった弟子を五百羅漢と称して尊崇・敬愛することも盛んにおこなわれてきた。

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『二十四孝』(にじゅうしこう)

 

中国において後世の範として、孝行が特に優れた人物24人を取り上げた書物である。元代郭居敬が編纂した。儒教の考えを重んじた歴代中国王朝は、孝行を特に重要な徳目とした。ここに紹介された中には、四字熟語や、関連する物品の名前として一般化した物もある。日本にも伝来し、仏閣等の建築物に人物図などが描かれている。また、御伽草子や寺子屋の教材にも採られている。孝行譚自体は数多く、ここに採られたものだけが賞されたわけではない。



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額堂

国の重要文化財。大本堂左裏の階段を上った先の平地に位置する。1861年(文久元年)に建てられた入母屋造、全面吹き放し(建具や壁を造らない)の堂で、絵馬を掲げるための建物である。東北地方太平洋沖地震以後、掲げてある絵馬(普通の絵馬ではなく額装され絵画のように大きい)が強い余震により落下する恐れが生じたため、立ち入りが一時禁じられ、2015年から2016年にかけて安全確保のための修復が行われた。

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光明堂

国の重要文化財。額堂のさらに先に建つ入母屋造の仏堂で、1701年(元禄14年)建立。釈迦堂が本堂になる前の旧本堂である。愛染明王・不動明王・大日如来が祀られている。愛染明王が祀られた右側は自由に立ち入り可能。成田祇園祭の期間中は霊剣「天国宝剣」(あまくにのほうけん)を用いる「天国宝剣頂戴」(お祓い)が受けられる。

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奥之院

成田山新勝寺の本尊である「不動明王」の本地仏「大日如来」が安置されている。通常は閉鎖されており、大日如来の祭礼である成田祇園祭の期間中(その他の例外も有り)のみ開帳される。



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新勝寺板石塔婆

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開山堂

1938年(昭和13年)建立。開山の寛朝僧正を御姿を安置する堂。

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門前通り、元旦風景

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元旦の京成成田駅風景

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アクセス

京成電鉄をご利用の場合:
上野駅から特急で約65分、空港第2ビル駅からは約8分
※大晦日には、終夜運転となります。 詳しくは京成電鉄のサイトにてご確認ください。

JRをご利用の場合
東京駅から横須賀線/総武線直通の「快速エアポート成田」で約70分
空港第2ビル駅からは約8分
上野駅から常磐線我孫子駅経由で約80分
※大晦日には、終夜運転となります。

 

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

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