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佐倉市生涯学習「佐倉学」第2回「佐倉道を歩く会」に参加しました👟①

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佐倉市の佐倉学は、佐倉市民が、学校や公民館などのさまざまな場で学ぶことにより、郷土に対する理解を深め「国際社会でも活躍できる人づくり」「新しい地域文化の創造」を目指す事で、いろいろなイベントを企画している。今回、その一環で、「佐倉道を歩く会」が開催され参加した。主催は、佐倉市志津公民館で、ボランティアガイドに、八千代市郷土歴史研究会の皆さんに協力をいただいた。普段、何気なく通っている道に道標や庚申塔などが数多くあり、改めて、面々と続いている歴史の重みを感じた。

 

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第2回「佐倉道を歩く会」に参加①

京成江戸川駅〜京成西船駅の「江戸の名残りを訪ねて!」

主催 佐倉市志津公民館      案内  八千代市郷土歴史研究会

 

見学のポイント

本日は、京成江戸川駅付近の「御番所町跡」を始点に、江戸川を渡り、佐倉道(現千葉街道)を東に進み、船橋市の「寺内新田庚申塔境内」を終点に、京成西船駅まで歩くコースです。

今回のブログは、京成江戸川から市川市菅野の地蔵塔道標までです。

成田道

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成田道は、水戸街道新宿から成田まで約52kmあり、八幡、船橋、大和田、臼井、佐倉、酒々井、成田の7つの宿場がありました。

佐倉道の歴史🏯

千葉市の中心部、広小路交差点で房総往還と分かれ国道51号とほぼ同じルートで伸びる佐倉街道。佐倉藩主に任ぜられた土井利勝が江戸から佐倉までの道を往還するようになって「佐倉街道」と呼ばれるようになり、千住より小岩を経て千葉、佐倉に至る参勤交替の道筋として利用され、幕府も五街道に次ぐ重要な脇街道として公認していたといわれている。その当時、この佐倉街道を通行した大名は下総佐倉藩の堀田氏をはじめ房総方面の大名あわせて十数藩に及んだ。

江戸時代の佐倉街道は、房総最大の城下町佐倉と千葉を結んでいたため、佐倉藩の年貢米は都川河口の寒川港へ運ばれ、五大力船で江戸へと向かった。江戸からの品々は陸揚げされると陸路佐倉を目指す。特に江戸後期になると、藩政改革の一つとして江戸へ送る年貢米を寒川港に絞り、経費削減を図ったため、ますます佐倉街道の重要性が高まったといわれている。佐倉道は年貢米輸送の道だったといっても過言ではないだろう。
また、この街道は江戸中期以降、江戸から成田山や千葉寺に参詣する大勢の旅人があったので「成田街道」と呼ばれるようになっていき、佐倉は11万石の房総最大の城下町として栄えた。



京成電鉄江戸川駅下車して出発

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京成江戸川商栄会商店案内板

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御番所町の慈恩寺道石造道標

江戸時代、庶民の間に霊場巡拝の風習がさかんになりました。坂東33カ所観音霊場もそのひとつで、埼玉県岩槻市の古刹慈恩寺は、その12番札所として関東各地から参拝人を集めています。
この道標は佐倉道と元佐倉道の合流点にあり、対岸市川から江戸川を渡って小岩市川関所を通るとほぼその道筋の正面に見えたと思われます。房総方面から慈恩寺へお詣りする人びとは小岩市川の渡しを渡ってからこの道標を見て北へ曲がって行きました。安永4年(1775)建立で、銘文は正面に「右せんじゅ岩附志おんじ道」「左り江戸本所ミち」、右側面には「左りいちかわミち」、左側面にも「右いち川みち」とあります



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慈恩寺道道標  安永4年(1775)

番所から来ると正面左の前方にある。正面「右せんじゅ岩附志おんじ道」右面「左り 江戸本所ミち  小岩御番所 世話人忠兵衛」 左面「右 いち川みち 安永四未年 八月吉日 北八丁堀 石工かつさや加右衛門」



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伊予田北野神社の概要

伊予田北野神社は、江戸川区北小岩にある北野神社です。伊予田北野神社の創建年代は不詳ですが、江戸期には天神稲荷合社と称して伊予田村の鎮守であったといいます。伊予田村にはもう一社天神稲荷合社と記載されている社がありましたが、明治42年(1909)に合祀、北野神社と改称したといいます。昭和39年(1964)に一里塚(東小岩6-36)近くにあった須賀神社を合祀しています。

北野神社の概要
社号 北野神社
祭神 菅原道真公、素戔鳴尊、倉稲魂命
相殿 –
境内社 水神社
住所 江戸川区北小岩3-23-3
備考 旧伊予田村(現在の北小岩3・4丁目)の鎮守

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北野神社の力石

江戸時代から昭和の初期まで多くの集落で行われていたのが「力石」を用いての力くらべ(力持ち)である。本力石は日本一の力持ちといわれた三ノ宮卯之助(1807~1854)が持ち上げたとされる
東京で唯一現存する力石で卯之助の名前と三十八貫目と印されている

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北野神社の芽の輪くぐり

直径3mに及ぶ大きな芽の輪を作って境内に立て、氏子たちが家族の氏名や年齢を書いた人形を持って芽の輪をくぐり、無病息災を願う夏越しの行事です。毎年6月25日の例祭日に行われます。芽の輪くぐりが終わると大祓いの式を行い、昔は人形を江戸川に流しました。素戔鳴尊が芽の輪で流行病を防ぐことを村人に教えたという故事による行事です。(江戸川区教育委員会掲示より)



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さくら道

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「江戸川区史」による宝林寺の縁起

宝林寺(北小岩三丁目二三番一一号)
真言宗豊山派に属し、愛宕山地蔵院と号してもとは千葉県国分の金光明寺末である。文秀房法印(慶長十二年入寂)が起立し、本尊に不動明王を安置する。
参道入口に文化元年伊与田、御番所両村講中建立の庚申塔が立ち、門前の庭には寛文十年の地蔵庚申塔がある。本堂前にある高さ四メートルに近い常灯明は、もと「小岩・市川渡」にあったもので、墓地には伊与新田の開拓者篠原伊与の墓がある。(「江戸川区史」より)

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法林寺(真言宗豊山派)の総本山は、奈良の長谷寺

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小岩市川の渡し場の常燈明 宝林寺

房総と江戸を結ぶ佐倉道が江戸川を渡る渡しと関所が京成線の鉄橋から約50m下流にあった。この地に千住総講中の人たちによって天保10年(1839)に建てられたものが昭和9年に河川改修のため宝林寺の境内に移された。灯篭の高さ2m、台石は5段に組まれていて、高さは1.82m



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駒型光背 青面金剛像 貞亨3年(1686)

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法林寺、地蔵菩薩庚申塔

参道入り口に他の石仏群と共に祀られています。舟型で地蔵菩薩立像は洋肉彫、左手に宝珠、右手に錫杖を持っています。像高は144cm、寛文10年(1670)に建てられました。(江戸川区教育委員会掲示より)

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法林寺本堂

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旧さくら道

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旧佐倉道、案内板

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正面の土手は、江戸川の土手で、小岩番所跡の説明板がある。

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小岩の番所跡でのガイド説明。

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小岩市川関所 江戸名所図会より

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川向こうは、市川市

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手前の橋は市川大橋、その先の橋は、JR総武線の橋梁。

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遠くの橋は、京成電鉄の橋梁。

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市川関所跡1

江戸時代、江戸川にまだ橋が架かっていなかった頃、江戸川をはさんで小岩と市川には「渡し」が設けられ、番所が置かれていました。その後、その番所が関所となり、人々の往来を厳しく見張っていました。市川関所跡の正確な場所はわかっていませんが、これまでは江戸川の堤防の下に建てられていた説明板に代わって、新しく江戸川の堤防上に移転し、説明板を設けました。

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京成電鉄の橋梁

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市川大橋

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市川関所跡2

寛永12年(1635)三代将軍家光によって参勤交代の制度が確立すると、市川は房総に配置された諸大名の参勤の通路として、重要な役割をもちました。

当時、市川と小岩の間には渡しが設けられ、双方とも定船場(じょうせんば)として番所が置かれていましたが、元禄10年(1697)江戸から佐倉に至る街道のうち、八幡までを官道として道中奉行が直轄することになりました。市川の渡しに置かれた番所が、関所に昇格したのはこのころからかと思われます。

 市川の関所は明治2年(1869)で廃止になりましたが、この間、特に「出女と入鉄砲」が厳しく取り締まられたことが、記録に残されています。



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天宮山 観音寺 真言宗豊山派

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観音寺は四郡大師・葛飾大師40番の札所

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観音寺前庚申堂 庚申塔道標 安永3年(1774)

佐倉道と浦安街道との分岐点に建てられた。正面「青面金剛」 右面「安永三午天 十一月吉日」 左面「これより 行とくみち」

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日蓮宗真間弘法寺参道

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日蓮宗真間弘法寺標識塔 昭和32年極月

日蓮宗真間弘法寺への入り口、また真間の継橋、真間の手児奈霊堂の入り口である。江戸時代にもここに弘法寺御題目標識塔が建っていた。

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弘法寺の縁起

弘法寺は、真間の手児奈の霊を供養するため、行基菩薩が求法寺と称して創建したといいます。建治元年(1275)時の住持了性が日常上人との宗論に敗れ、日蓮宗に改宗、日常の子で六老僧の一人日頂を初代の貫主としたといいます。天正19年(1591)徳川家康より寺領30石の御朱印状を拝領、元禄8年(1695)には水戸光圀も来訪したという名刹です。



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市川町道路元標 大正期

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旧三本松跡

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庚申塔道標 天明元年(1781)

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地蔵塔道標 寛政11年(1799)

すがの道は菅野村(現東菅野1丁目)の不動院(真言宗豊山派、大師信仰の盛んな小本山の寺)への道しるべである。市川新田と平田村の村境で、菅野、宮久保の分岐点である。正面「地蔵像 寛政十一年」 右面「右 やわた道」 左面「左 すがの道」同じところに、東京開運女人会による明治期の「宮久保山道」の道標が建っている。宮久保山高円寺(藤寺)への道しるべ。

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次回のブログ②で、葛飾八幡宮から京成西船駅までガイド案内いたします。

 

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

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