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はじめての城下町を歩く〜SAKURA三館物語〜に参加🏯

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佐倉市内の歴史的建造物、佐倉三館をボランティアガイドの案内で散策した。この企画は佐倉学の一環で、佐倉市社会教育課主催。最初に江戸時代の佐倉藩の武家屋敷3家をみて、歩いて旧佐倉藩最期の藩主が、明治時代に住んでいた堀田邸の中をガイド案内。最後に、順天堂病院の発祥の地、順天堂記念館の解説を受けて解散となりました。ぜひ、「佐倉三館物語」にヨリミチをお勧めいたします。

 

はじめての城下町を歩く

〜佐倉三館物語〜

行程(約5km)

佐倉市立美術館4階ホールにて座学ー武家屋敷ー中央公民館(昼食)ー旧堀田邸ー順天堂記念館ー佐倉新町おはやし館

 

1・武家屋敷ー旧河原家住宅、旧但馬家住宅、旧武居家住宅

2・旧堀田邸・さくら庭園ー建物:国指定重要文化財「旧堀田家住宅」、庭園:国指定名勝「旧堀田正倫庭園」

3・順天堂記念館ー建物:千葉県指定史跡「旧佐倉順天堂」

上記の文化財3件が、佐倉市三館である。この三館を三館専属ボランティアガイドにより説明をうけた。

 

武家屋敷通り

関東地方では最大級の武家屋敷群です。佐倉に数多く残る武家屋敷のうち5棟がこの通り沿いに集まっています。

うち、3棟は公開されており、見学ができます(有料)。

通り沿いには西村茂樹(旧佐倉藩士。明六社主宰メンバー。日本近代道徳教育の先駆者。)や児玉源太郎(旧徳山藩士。佐倉連隊長。台湾総督。陸軍大将。日露戦争時総参謀長)の旧宅跡もあります。



通りの景観としても江戸時代の旧佐倉藩武家町の雰囲気を色濃く残しています



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旧河原住宅(150石の今でいう部長級)

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武家屋敷(旧河原家住宅・旧但馬家住宅・旧武居家住宅)

武家屋敷概要

城下町佐倉の面影をいまに残す土塁と生垣の通りに面して、「旧河原家住宅」(千葉県指定文化財)、「旧但馬家住宅」(佐倉市指定文化財)、「旧武居家住宅」の3棟の武家屋敷が現在公開されています。
3棟とも江戸時代後期の建築で、佐倉藩士が暮らしていたものです。
旧河原家住宅は、市内に残る武家住宅の中で最も古いものとされ、展示された調度品に佐倉の武士の生活様式を垣間見ることができます。
旧但馬家住宅は、当時より現在の場所に建っていた武家屋敷で、建物内の見学・休憩ができます。
旧武居家住宅は、移築にともない出土した武家屋敷関連の資料の展示が見られます。
年4回特別公開を行っており、旧河原家住宅の建物内に入って見学することができます。通常は建物の外からの公開になっております。

✿武家屋敷の花暦

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武家屋敷の概要

佐倉城築城時の藩主・土井利勝の城下町づくりは、武士が住む武家屋敷と商人などが住む町屋が計画的に分けられた。
 武家屋敷は城内の曲輪や、城外各箇所の広範囲に渡っており、他の城下町と同様に城に近い立地条件の良い所には上級武士が住み、城から遠い場所や条件の良くない場所、また低地などには中級・下級武士が居住した。下級武士の住居は一般的には「長屋」と呼ばれ、一方、中級以上の武士は専用の敷地を持つ屋敷に住んだ。
 土井利勝が小見川城主から佐倉に移封してきたときは3万2千石であったので、築城当初はその石高に応じた家臣団であった。従って、元和年間(1620年)頃は武家屋敷も城内と城外のわずかな土地で足りたと思われる。ところが、入封して15年後の寛永2年(1625)には、数度の加増もあって14万2千石の大名となったので、家臣の屋敷も城外の方へ次々と広げていかざるを得なかったと思われる。

 大手門のほぼ東側に広がる城外は町人地と武家屋敷から構成されているが、武家屋敷は街道に沿った海隣寺並木、その別れ枝である舟見町、大手門から東に延びる道沿いの宮小路、南側に分かれる鏑木小路と、その両曲輪に挟まれている袋小路がある。
 尾根筋の新町道より北に延びる中尾余、最上町、南西に下って野狐台などがあり、飛地として鹿島川を渡った角来村にある江原がある。江原以外は全て屋根筋、及び ここから舌状に突き出した台地上の好条件の場所に位置している。

 土井利勝以降の歴代藩主は10万石前後であるが、時代の変化とともに城下の武家屋敷も、その時々に応じて変化したことが各時代の絵図面などからも推測される。
 江戸時代後期の武家屋敷の構成や配置から考察すると、城に一番近い椎木曲輪、天神曲輪、広小路には上級武士の屋敷が多くあって、南側に面した台地上にある鏑木小路には、家老を始めとする上級武士や中級武士の屋敷があり、続いて中級武士の屋敷が多いのはその北側の宮小路や並木町であった。



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江戸時代の城下町模式図

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鏑木小路の武家屋敷割復図(天保期)

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くらやみ坂

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旧但馬家住宅(90石、課長級の中間管理職)

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旧武居家住宅

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この住宅は、「天保の御制」と呼ばれる居住の制における百石未満の藩士が住む小屋敷の規定と家屋規模が一致している。

幕末にこの屋敷に居住していたと考えられる田島伝左衛門は90石の禄高で、これも「天保の御制」と一致する。

移築前の旧武居家住宅は、南側に家族の日常の部屋をとり、客座敷を北側にとっていた。これは客座敷に重きを置く江戸時代の武家屋敷では珍しい。

旧武居家住宅内には、武家屋敷から出土した昔の陶磁器や藩士の生活に関する資料などが展示されている。

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国重要文化財・名勝「旧堀田邸」(さくら庭園)

 

旧堀田邸の概要
「旧堀田邸」は、最後の佐倉藩主であった堀田正倫(ほったまさとも)が、明治23年(1890)に旧領である佐倉に設けた邸宅・庭園です。
邸宅部分の玄関棟・座敷棟・居間棟・書斎棟・湯殿および土蔵、門番所の7棟が、「旧堀田家住宅」として平成18年7月5日に国の重要文化財(建造物)に指定されています。

庭園を含む一帯は、「旧堀田正倫庭園」として、平成27年3月10日に国の名勝に指定されました。庭園の指定に関してはこちらのページもご参照ください。

現在、玄関棟・座敷棟・居間棟1階・湯殿および庭園を一般公開しております。書斎棟・居間棟2階・門番所は、年数回の特別公開日に見学いただけます。

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国指定重要文化財・旧堀田家住宅

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国指定名勝・旧堀田正倫庭園

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佐倉順天堂記念館

佐倉順天堂記念館概要
佐倉順天堂は藩主堀田正睦の招きを受けた蘭医佐藤泰然が天保14年(1843)に開いた蘭医学の塾兼診療所。
西洋医学による治療と同時に医学教育が行われ、佐藤尚中(たかなか)をはじめ明治医学界をリードする人々を輩出しました。
現在、安政5年(1858)に建てられた建物の一部が残り、「旧佐倉順天堂」として千葉県の史跡に指定されています。
記念館では、当時の順天堂で用いられていた医学書や医療器具などを展示しています。

 

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佐倉新町おはやし館

佐倉新町おはやし館は、市民の憩いの場として、郷土の文化、伝統行事、物産などの紹介や観光情報の提供を行っています。

江戸時代から続いている麻賀多神社の祭礼に、各町内が繰り出す山車に乗る山車人形2台が展示され、演奏される佐倉囃子伝承の場として活用されています。

建物は2階建てで、1階は展示室、2階は多目的室となっています。おはやし館入口に展示されている山車人形は竹生島、玉ノ井です。

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アクセス

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

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