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東京国立近代美術館所蔵作品展🖼MOMATコレクションによりみち🎨

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東京国立近代美術館所蔵の企画展である、MOMATコレクションが開催中である。国立近代美術館の膨大なコレクションを長い期間に亘り観られることは大変嬉しい事である。まして、65歳以上は証明書を見せると無料であることがわかった。コレクションの内容は有名が画家はもとより、国の重要文化財の絵画🖼も展示され且つ写真撮影もOKといたれりつくせりであった。ぜひ、よりみちをオススメします。

2017.05.27-2017.11.05 所蔵作品展🎨
MOMATコレクション

重要文化財指定作品も展覧中🖼

見どころ開催中である
展覧会について
イベント
開催概要
2017年5月27日-11月5日の所蔵作品展のみどころ
土田麦僊《湯女(ゆな)》1918年 重要文化財(5/27-7/17展示)


MOMATコレクションにようこそ!今期のみどころをご紹介します。まず4階1室「ハイライト」では、鏑木清方《墨田河舟遊》(5月27日~7月17日)、川端龍子《草炎》(7月19日~9月10日)など、季節にふさわしい作品がみなさんをお迎えします。

4階5室では、当館の所蔵する西洋近代美術の特集です。日本への影響関係を知る上でも、これらの作品はコレクションに欠かせません。西洋と日本との関係といえば、今回はパリで活躍した藤田嗣治を3階6室で、アメリカで活躍した国吉康雄を7室で特集しています。ふたつの文化圏の間でアイデンティティを模索した彼らの足跡にご注目ください。

そして9月12日~11月5日には、3階の8室と10室で、東山魁夷を特集します。当館では多数の東山作品を所蔵しておりますが、人気作家ゆえ毎年のように他館の展覧会に貸し出していることもあり、当館でまとめて展示する機会がなかなかありません。17点を展示する今回は、東山芸術をじっくり堪能できる絶好の機会といえるでしょう。

さらに2階11室、12室では、近年に収蔵した作品を中心として、1960年代から70年代の美術の動向に光をあてます。

今期も盛りだくさんのMOMATコレクション。どうぞごゆっくりお楽しみください。

■出品作品リストは、こちら

今会期に展示される重要文化財指定作品

■今会期に展示される重要文化財指定作品は以下の通りです。

中村彝《エロシェンコ氏の像》(1920年)

岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》(1915年)

原田直次郎 《騎龍観音》(1890年) 寄託作品(護國寺蔵)

土田麦僊《湯女(ゆな)》(1918年)*5月27日-7月17日 展示

菱田春草《王昭君》(1902年) 寄託作品(善寳寺蔵) *9月12日-11月5日 展示

5点の重要文化財(2点は寄託作品)についての画像と解説は、こちら。

展示替情報

今回から展示替の組み方が新しくなります。月曜の休館日を利用して、日本画、写真、素描などを中心に、展示室ごとにこまめに展示替していきます。

展示室によってはこれまでよりも展示替が多くなるので、訪れるたびに新たな発見が。「MOMATコレクション」の常連さんにもきっとご満足いただけるはずです。

 

開催中の展覧会

2017.05.27-2017.11.05 所蔵作品展
MOMATコレクション
MOMAT Collection
見どころ
展覧会について
イベント
開催概要
展覧会構成

4F
1室 ハイライト
2-5室 1900s-1940s 明治の終わりから昭和のはじめまで

「眺めのよい部屋」

美術館の最上階に位置する休憩スペースには、椅子デザインのにかぞえられるベルトイア・チェアを設置しています。明るい窓辺で、ぜひゆったりとおくつろぎください。大きな窓からは、皇居の緑や丸の内のビル群のパノラマ・ビューをお楽しみいただけます。

「情報コーナー」

MOMATの刊行物や所蔵作品検索システムをご利用いただけます。

1室
ハイライト

長谷川利行 《カフェ・パウリスタ》1928年

3,000㎡に200点以上が並ぶ――この贅沢さがMOMATコレクションの特長です。しかし近年、お客さまから、「たくさんあり過ぎてどれを見ればいいのかわからない!」「短時間で重要な作品だけさっと見たい!」という声をいただくことが増えました。そこで、重要文化財を中心にコレクションの精華をお楽しみいただける「ハイライト」のコーナーを設けることにいたしました。
今期は、日本画では3期に分けて展示替えをしつつ、計7 点を紹介します。近世の舟遊びの様子を描いた鏑木清方の《墨田河舟遊》(7月17日まで展示)、紺地に金泥で夏草を描いた川端龍子の《草炎》(7月19日から9月10日まで展示)、山形県鶴岡市の善寳寺よりご寄託いただいている菱田春草の重要文化財《王昭君》(9月12日から展示)がみどころです。油彩では、この「ハイライト」で定番となった原田直次郎や岸田劉生の重要文化財に加え、近年新しくコレクションに加わった松本竣介の《黒い花》や山下菊二の《あけぼの村物語》も選びご紹介します。

2室
明治の絵画 リアルな自然を描く

南薫造《六月の日》1912年

絵画の近代化を模索する明治期の画家にとって、自然をいかにリアルに描くか は至上命題でした。ここでは風景画に限定せず、ひろく風俗画と呼ばれるものま で含めてその方法に注目してみましょう。
第一にフレーミングの工夫。黒田清輝の《落葉》は、森の風景を俯瞰的に切り取ることで、まるでその中を実際に散策しているかのような印象を与えます。場面全体を説明するのではなく、あえて断片的に感じられるフレーミングを施すことで、生き生きとした体験を再現しようとしています。
第二に人間の生活と自然とのつながりを提示すること。南薫造《六月の日》には麦刈に勤しむ農民の姿が、和田三造の《南風》には屈強の海の男たちが描か れ、背景の自然とワンセットで扱われています。人間が働きかけ、克服する対象としての自然という発想がベースにあるようです。いずれも中央に上半身裸の男性が描かれており、「肉体」や「労働」を自然とともに美的に享受する感性がすでに存在していたことを伝えます。それは都市に暮らす者の視点といえるかもしれません。

3室
恋とクリームパン

荻原守衛《女》1910年

創業1901(明治34)年、今も新宿に本店を構える菓子舗、新宿中村屋。創業者の相馬愛蔵・黒光夫妻は芸術を愛し、店には多くの若い芸術家が集いました。彫刻家の荻原守衛、中原悌二郎、戸張孤雁、画家の中村彝、柳敬助などです。中村屋は「大正デモクラシー」と呼ばれた自由な時代の雰囲気をよく表す、この時期を代表する芸術サロンでした。
さて、もともと芸術サロンはヨーロッパで成立したものですが、そこでもっとも重要だったのが、才能ある人々を引き寄せる魅力的な女主人の存在です。中村屋の場合、それは黒光でした。荻原守衛は黒光を愛し、《女》には黒光の面影が あると言われます。中村彝は、最初黒光に、次に相馬夫妻の長女、俊子に恋をしますが、どちらも実りませんでした。このように、大正デモクラシーの芸術サロンでは、恋ごころも芸術を育む重要な養分でした。ではタイトルの「クリームパン」とは?実はクリームパン、1904(明治37)年に中村屋が日本で初めて作ったものなのです。

4室
インド・アジア スケッチ紀行

今村紫紅《「印度旅行スケッチ帳」より 印度風景》1914年(7/19-9/10展示)

 


川端龍子《ヤップ島スケッチ 椰子の島》1934年(5/27-7/17展示)

今回この部屋では、3期に分けて展示替をしつつ、日本画家の今村紫紅(1880-1916)と川端龍子(1886-1966)が海外へ旅をして描いたスケッチを紹介します。
紫紅がインド行きの貨物船に乗り込んだのは1914(大正3)年2月のことでした。船は中国、シンガポールなどを経由してインドへ向かい、コルカタで15日間停泊したとされます。紫紅は中国については予め情報を得ていたと思しく、よく知られた名所を描き留めています。一方、インドや東南アジアのスケッチでは、いわば異邦人が他国の人々の普通の暮らしに興味津々といった雰囲気が伝わってきます。
龍子は、青龍社展に出品する連作の取材のため、南洋や中国へ渡りました。当時、サイパン、パラオといった地域は日本の委任統治領。そして、中国への旅はすでに日中戦争の戦時下にあったため、旧陸軍や海軍に従軍しての取材でした。
異国へのあこがれと情熱の刻まれたスケッチ。それらは魅力的で、当時の様子を伝える歴史資料ともなり得ます。一方で、取材自体に他者へ抑圧を強いる側面があったことも忘れるべきではありません。

5室
「西洋」は絶対か?

ジョージア・オキーフ《タチアオイの白と緑―ペダーナル山の見える》1937年
1890年代から1960年代までに制作された外国人作家の優品を特集します。当館では開館間もない1953(昭和28)年に「近代洋画の歩み(西洋と日本)」展を開催するなど、長く西洋との距離によって自国の表現(とりわけ洋画)を位置づけようとしてきました。これは20世紀初頭に作家たちが、雑誌の白黒図版を見たり、彼の地に赴いたりすることで西洋の作品に触れ、自らの立ち位置を模索してきたことに似ていなくもありません。それだけ西洋とは絶対的な存在であったわけです。ですから冒頭の「外国人作家」とは、ほぼ西洋圏に限定されています。
当館が外国人作家による油彩画を初めて購入できたのは、ようやく70年代半ばのことです。以来、「日本の近代美術に与えた影響」という観点から外国人作家の作品を収蔵しています。
「西洋と日本」という構図は相対化されつつあり、コレクションには非西洋圏の作家もずいぶん加わってきましたが、西洋はなお重要な参照項の一つであり続けています。日本の作家たちがかつてこれらの作品から何を得たのだろうか、そんなことも考えつつご覧ください。

3F


6-8室 1940年代-1960年代 昭和のはじめから中ごろまで
9室 写真・映像
10室 日本画
建物を思う部屋

6室
藤田、Foujita、またの名を Léonard
1886(明治19)年、陸軍軍医藤田嗣章と政の間に生まれた嗣治(つぐはる)は、東京美術学校(現・東京芸術大学)で油絵を学んだ後、1913(大正2)年に26歳で渡仏します。パリに渡ったFoujita(フジタ)は、パブロ・ピカソやアメデオ・モディリアーニなどと交友を深めながら自らの表現を模索していきます。そして20年代に入ると、「すばらしき乳白色」と形容された裸婦像によってエコール・ド・パリの寵児となります。おかっぱ頭に丸眼鏡のFouFou(フーフー: フランス語で「お調子者」)は、社交界でも話題を振りまいたそうです。
1931(昭和6)年から33年にかけての中南米旅行を経て日本に帰国した藤田は、30年代末から戦争記録画制作に従事しますが、戦後は、戦争協力への責任問題で批判を受けます。49年にアメリカを経由して再びパリへ戻ったFoujita(フジタ)は、55年にフランスへ帰化します。59年にはカトリックの洗礼を受け、以後Léonard Foujita (レオナール・フジタ)と名のり、69年スイスのチューリヒで亡くなります。インターナショナルであったのか、ナショナルであったのか、多面的な彼の生き様を反映した表現をご覧ください。

7室
国吉康雄 誰かがわたしの何かを破った

国吉康雄《秋のたそがれ》1929年

荒れ地を行く女性たちは、いったいどこへ向かうのか?破られたポスターの前に立ち、こちらを振り返る女性の目は、いったい誰を見ているのか?
国吉康雄(1889–1953)は、1906(明治39)年、17歳でひとりアメリカに渡り、以後ほとんど日本に帰ることなくアメリカで活動しました。二つの祖国が戦争をするという困難な時代を生き、晩年はアメリカを代表する画家の一人となりました。
MOMATでは、国吉が亡くなった翌年、1954年の遺作展に続き、2004年に50 年ぶりとなる回顧展を行いました。今回は、この回顧展をきっかけに所蔵家より ご寄託いただいた作品を中心に、第二次世界大戦前後の国吉を特集してご紹介します。
国吉の画面に登場するのは、女性や子どもなど、決して難しいモチーフではありません。しかし、彼らがどのような状況で何をしているのか、放心したような表情を浮かべる人物が何を考えているのか、読み取ることは困難です。歴史に翻弄された複雑な思いを、簡単に他人に見せてはならないとでも言うように、幾重もの謎のカーテンの背後に隠して描き表しているのです。

8室
アメリカの影

山下菊二《射角キャンペーン5月26日》1960年

戦後の日本社会の奥深くにまで浸透した「アメリカ」。それは日米安全保障条約によって日本国内に存在し続ける米軍基地に対する反感と、美術、映画、音楽、ファッションなどアメリカ文化に対する共感と、常に相反する感情を伴うものでした。このようなアメリカとの複雑な関係の中で、戦後の日本人の戦争イメージも作られていったと想像できます。
中村宏の《基地》は、基地反対運動が高揚した1950年代の空気を反映して、生活を脅かす異物の存在を批判的に描きました。しかし高度成長期にあたる60年代になると、基地という主題はあまり描かれなくなります。戦争の記憶の風化が 指摘される一方、不思議なことに、少年漫画に戦争物が次々に登場し、タミヤのプラモデルが流行するという現象が生まれました。ベトナム戦争の時期には、アメリカン・ヒーローの凋落を反映するかのような小島信明の《ボクサー》や、アメリカのイラストのパロディーである岡本信治郎の「スフィンクス」など、内なるアメリカを冷静に見つめるような仕事も誕生しました。

9室
須田一政 「風姿花伝」

須田一政《「風姿花伝」より 秋田・西馬音内、盆踊り》1976年
「風姿花伝」は、『カメラ毎日』誌に1975年12月号から77年12月号まで、8回にわたって不定期連載された連作です。78年には写真集にまとめられました。連載中の76年に日本写真協会賞新人賞を受賞するなど、須田一政の評価を確立した作品として知られます。
作品全体を通じて眼を引く伝統的な祭礼の光景は、関東周辺から北陸、東北まで、日本各地で撮影されています。つまりこれらは旅の写真でもあるのです。旅も祭礼も、非日常的な時間であり空間です。だとすれば「風姿花伝」の作品世界とは、非日常的な時空と言えるのでしょうか。ところが、写真家自身は初期から一貫して、「日常」を撮っていると言うのです。「わたしにとって緊張感のある光景は、なんの変哲もない日々の中に転がっている」(写真集『人間の記憶』)のであり、むしろ旅先であっても、近所であっても、同じように反応してしまう何かを探し続け、シャッターを切っているのだと。
表題の「風姿花伝」は、15世紀の初頭、世阿弥が記した能の理論書から採られています。

10室
国画創作協会の前と後

土田麦僊《湯女(ゆな)》1918年 重要文化財

京都の日本画は、1918(大正7)年に設立された国画創作協会によって大きく変わったと言われます。同協会は京都市立絵画専門学校の第一期生の5人、土田麦僊、小野竹喬、野長瀬晩花、村上華岳、榊原紫峰が設立した美術団体で、翌年に同期の入江波光を入れ、1928(昭和3)年までに全7回の展覧会を開きました。
彼らは協会の設立にあたって、「創作ノ自由ヲ尊重スルヲ以テ第一義トナス」と宣言しています。それは、千年の都の根強く伝統が残る日本画界に、ようやく訪れた大正デモクラシーでした。しかも、第1回展に麦僊たちメンバーがそれぞれ個性を打ち出した大作を発表したことで、この展覧会は、京都はもちろんのこと、全国の若手画家たちを惹きつける公募展へと成長していったのでした。
個性の追求は、裏を返せば伝統からの離脱に他なりません。国画創作協会の活動の広がりは、近世の京都で生まれ、明治まで存続していた「四条派」の終焉を意味したのです。
今回この部屋では、国画創作協会にかかわった京都の日本画家を中心に、その前後の世代も併せて紹介します。

2F


11–12室 1970s-2010s 昭和の終わりから今日まで

*ギャラリー4(13室)

コレクションを中心とした小企画 彫刻を作る/語る/見る/聞く

11室、12室
「1960-70年代の美術|近年の新収蔵作品から」

赤瀬川原平《押収品・模型千円札Ⅲ 梱包作品(はさみ)》 1963年

1970年前後、アーティストたちは「芸術とは何か」ということを実践的に問い直します。制作や発表の在り方を再考したり、美術館という権威的制度を批判したりしながら、「芸術の否定」や「芸術の拡張」を試みます。なかでも、アイデアやコンセプトを主要な構成要素とする作品の登場は、この時代の大きな特徴です。時間の記録(河口龍夫、河原温、中平卓馬)、美術館の外部(赤瀬川原平、ロバート・スミッソン)、新しいメディアの利用(出光真子)といったこの傾向は、しばしばありふれた素材を使用していたり、非物質的であったりするため、「美しさ」を求めて美術館を訪れる人たちを戸惑わせます。
芸術の再考や美術館批判をもくろんだ作品がコレクションされることは、作品本来の力を奪い、過去の遺物として手なずけてしまうことでしょうか? それともこれらの作品が他の作品と一緒に展示されることは、コレクション全体の在り方を問い直し、活性化させる契機になるのでしょうか? このように1960-70年代の作品(の収蔵)は、2010年代の私たちに「芸術の再々考」をうながしてきます。

 

展覧中の絵画を4階から3、2階と撮影しました。

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東京国立近代美術館から皇居東御苑をみる

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アクセス地図

 

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

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