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日本唯一夢むすぶ大明神👺あんばさま総本宮の大杉神社によりみち⛩

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自宅、佐倉市から利根川を渡ったところの、稲敷市阿波に徳川将軍家とも繋がりのある、大杉神社がある。初めて聞いた神社である。高速道路のサービスエリアで、今年、御鎮座1250年で、50年に一度の大祭がある年であると記したパンフレットをみて、行こうと思いついた。パンフレットをみると、日光東照宮まで、わざわざ行かなくても、大杉神社に参拝すれば、色彩鮮やかな神社に出会うとしてあった。早速行ってみた。

  • 大杉神社 に対する画像結果

茨城県稲敷市阿波の「大杉神社」は御鎮座1250年を迎えます👺

今年は50年に一度の大祭年の大杉神社⛩

  • 大杉神社 に対する画像結果

大杉神社・本殿、幣殿、拝殿

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大杉神社 /境内配置図

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あんばさまとは?

現在も多くの地域からの参拝者がございますが、厄除け・八方除け・星除けを中心として、夢むすび、交通安全などの祈願に訪れる方々が後を絶ちません。また末社、大国神社には金運をもとめて参拝される方々、勝馬神社には競馬関係者をはじめ、競馬ファンの方の参拝が多くございます。さらに相生神社は子授けにご利益があるとされ、子授棒を求めて来られる方がたくさんおられます。
『常陸風土記』に登場する「安婆嶋 – あんばさま」

大杉神社の鎮座する場所は現在の霞ヶ浦、常陸川、利根川下流域、印旛沼、手賀沼、牛久沼、鬼怒川下流域、小貝川下流域を内包する常総内湾に西から東に向かって突き出すような地形のほぼ突端に位置していました。『常陸風土記』には安婆嶋として登場しますが、半島状地形にもかかわらず、半島先端に比べ、かなり西側でくびれた地形をしていたため遠映としては島状の様子を呈していたため、安婆嶋と呼称されたといわれております。

大杉神社の巨大な杉「安婆嶋 – あんばさま」

この一帯はかつて菟上之国という霞ヶ浦東岸域と東総域を治めていた小国の一部であったと伝えられております。菟上国は海上国とも表記されるように常総内湾の交易、産物を中心として成立した小国であったようですが、こうした影響からか常総内湾においてランドマークの役割をはたす、大杉神社の巨大な杉は「あんばさま」と呼ばれ、常総内湾の人々の信仰の対象であり、人々の交通標識の役割を十二分に発揮していたと考えられます。後に内湾の西にあった茨城国に支配されるまでは菟上国のもっとも重要な神社であり、菟上国造の祀る神社のひとつでありました。その後北方の仲国から南下してきた一族が鹿嶋、香取の両神社を築き、東岸域を支配するとその交易権や、支配権は移譲されたものの、一般民衆の間では依然として海河守護の神様としての信仰は温存されつづけられました。

「ねがい天狗」「かない天狗」

大杉神社 に対する画像結果

神護景雲元年(767)当時都が置かれた大和国(現・奈良県)を旅立った勝道上人は、下野国二荒山(栃木県日光)をめざす途上にあり、大杉神社に着くとそこで病苦にあえぐ民衆を救うべく、巨杉に祈念すると三輪明神(奈良県三輪の大神神社)が飛び移り、病魔を退散せしめたところから、やがて大杉大明神と呼称されるところとなりました。 この大杉神社を御守護申し上げるべく延暦二十四年(805年)には別当寺として安穏寺が開基され、以降明治になるまで大杉神社は安穏寺の管理するところとなりました。文治年間にはその容貌が巨体、紫髭、碧眼、鼻高であった常陸坊海存(海尊)が大杉大明神の御神徳によって、数々の奇跡を示したことから、海存は大杉大明神の眷属で、天狗であるとの信仰へと発展いたしました。当初は烏天狗を御眷属としておりましたが、後に陰陽一対として鼻高天狗、烏天狗の両天狗を御眷属とすることとなりました。現在ではいかなる願いも叶えて下さったと伝えられる海存の奇跡に由来して、大杉神社を日本で唯一の「夢むすび大明神」と称し、鼻高天狗は「ねがい天狗」、烏天狗は「かない天狗」と呼ばれるようになりました。時代は下って、江戸時代初頭には当時江戸崎不動院(稲敷市江戸崎)にあった天海に雨をもたらす奇跡を与えた神社として知られ、以降天海は安穏寺の住職となり大杉大明神に仕えました。このため安穏寺および大杉神社は天海が住職を務める、上野寛永寺や日光輪王寺の直兼帯となり、明治になるまで輪王寺宮の兼帯するところとなりました。

海河守護の神様としての信仰

家康の江戸入府以降それまで東京湾に注いでいた利根川の河川改修により、銚子へと流路を替えた利根川は、水郷流域と江戸を結ぶ河川として流域は急激な発展を遂げ、海河の守護神としての大杉神社もまた急速な信仰域の拡大を遂げることとなりました。それまでは常総内湾域であった信仰域は利根川流域のほぼすべての河岸や流域にとどまらず、鬼怒川、小貝川をはじめ、これらに注ぐ多くの川の流域や、各河岸に通じる街道周辺にも拡大。さらに太平洋岸から日本海へと海民の移動と共に信仰が拡がり、盛時には北はカムチャッカ近くの千島列島から新潟にいたる日本海側のおもな河岸、漁港など。また千葉、東京を経て静岡いたる太平洋岸の地域、先述の河川や多摩川、養老川、小櫃川の流域など、かなり広範な地域に信仰がもたらされたことが知られています。

「あんば囃子・大杉囃子」

この信仰の流布にともない、「悪魔払い囃子」と称された芸能も各地に広まり、それぞれの地域で独自の展開をみせ現在も多くの地域で伝承されております。大杉神社の鎮座する稲敷市阿波では地名を採って「あんば囃子」と呼んでおりますが、多くの地域では「大杉囃子」「災禍囃子」などと呼称されております。元和三年(1617)に銚子の田中玄蕃が醤油の醸造の成功祈願の御礼として、十二座神楽とともに紀州より伝えられたのが初源とされております。十二座神楽は椿海の干拓成功とともに千葉県旭市を中心に広がりましたが明治末期に旭市で廃絶した際には再度当社より伝承し、昭和初期に一部の演目が絶えた際には大杉神社に逆伝承されました。

神門

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大杉神社の歴史

海上に浮かぶ大杉神社

稲敷市阿波の大杉神社は、全国に670社ほどある大杉神社の総本宮です。大杉神社の鎮座する場所は、『常陸風土記』に「安婆嶋」として登場します。霞ヶ浦、利根川下流域、牛久沼、印旛沼、手賀沼、小貝川下流域などを内包する常総内海(常総内湾)に突き出すような半島地形だったことから、古代においてこの地は内海に浮かぶ島のように思われておりました。

律令体制以前この一帯は、菟上之国(うなかみのくに)という霞ヶ浦東岸域(稲敷、行方、鹿島南部)と東総域(香取、海上、匝瑳)を治めていた国の一部と伝えられております。菟上之国は菟上国、海上国とも表記され、常総内海の交易、産物を中心として成立した小国で、ここに暮らす多くの人々は漁撈と農耕の両方を生活基盤としておりました。他にも、製塩や玉造(勾玉を中心とする信仰対象の装飾品の製作)も盛んで、当時の大切な交易物資であったと伝えられております。

海河の守護神あんばさま

  • 大杉神社 に対する画像結果

時、菟上之国は広大な常総内海を支配域としておりました。その内海の航路標識の役割をはたしたのが、大杉神社の巨大な杉です。この地が「あんば」と呼ばれていたことから、巨杉に鎮座する神様は「あんばさま」と呼ばれました。この巨杉は常総内海の人々の信仰の対象として、また海で生活する人々の交通標識として役割を発揮していたと考えられます。後に舟運交通守護の神様として利根川水系、太平洋沿岸の舟運業に携わる多くの方々にも信仰され、交通安全の神様として篤い信仰を受けていました。

律令体制期に、菟上之国が内海の西にあった茨城国の一部に組み入れられるまで、大杉神社は菟上国造を祀るもっとも重要な神社でした。その後菟上之国の海上支配、交易権は、南下してきた仲国の一族が築いた鹿嶋、香取の両神社に移譲しましたが、一般民衆の間では依然として、海河守護の神様としての大杉神社の信仰は温存されつづけられました。

*御神木

かつて「あんばさま」と呼ばれていた「太郎杉」は、1778年に消失しました。現在の御神木は、樹齢およそ1000年・樹高40mの大杉「次郎杉」と、樹高28mの「三郎杉」です。
天海に奇跡を授けた神様

江戸時代初頭には、大干ばつで苦しむ関東一円に雨を降らせるという奇跡を起こした僧天海(慈眼大師)に霊験を与えた神社として、大杉神社は知られるようになります。天海は後に上野寛永寺や日光輪王寺の住職となり、安穏寺の住職も兼帯して大杉大明神に仕えました。以降大杉神社のある安穏寺は、上野寛永寺や日光輪王寺と同様に明治になるまで輪王寺宮の兼帯するところとなりました。

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大杉神社にまつわる伝説

民衆を救った大杉大明神

 

日本で唯一の夢叶え大明神

文治年間には巨体、紫髭、碧眼、鼻高という容貌の常陸坊海存(海尊)が登場し、大杉大明神の御神徳によって数々の奇跡を示したことから、海存は大杉大明神の眷属で、天狗であるとの信仰へと発展いたしました。当初は御眷属としては烏天狗のみとしておりましたが、後に陰陽一対として鼻高天狗、烏天狗の両天狗を御眷属とすることとなりました。

この御眷属、常陸坊海存の奇跡の霊験から、いかなる願い事も叶えてくださる日本で唯一の神様として、いつしか大杉神社は「夢叶え大明神」と称されることとなりました。また鼻高天狗は「ねがい天狗」、烏天狗は「かない天狗」と呼ばれるようになりました。

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大国神社

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五十瀬神社

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白山神社

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四柱神社

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天満宮

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御神木・三郎杉

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撫桃

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大杉神社上空。成田空港が近い。

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二十四孝彫刻

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境内の神々

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あんば囃子の流行

海河の守護神として広まる信仰

家康の江戸入府以降、それまで東京湾に注いでいた利根川の河川改修により、銚子へと流路を替えた利根川は、水郷流域と江戸を結ぶ河川として流域は急激な発展を遂げることとなりました。これにともない海河の守護神として、大杉神社もまた急速な信仰域の拡大を遂げることとなります。それまでの信仰圏であった常総内海域にとどまらず、鬼怒川、小貝川をはじめ、これらに注ぐ多くの川の流域や、各河岸に通じる街道周辺にも拡大していきました。太平洋岸から日本海へと海民の移動と共に信仰が拡がり、盛時には北はカムチャッカ近くの千島列島から新潟にいたる日本海側の河岸、漁港などにも広がっていったとされます。また千葉、東京を経て静岡にいたる太平洋岸の地域など、かなり広範な地域に信仰がもたらされたことが知られています。

あんば囃子を事業成功によって奉納

「あんばの方から、吹く風は疱瘡が軽いと吹いてくる。ア ヨーイヤサ ヨー ヨーオイ ヨーイーヤアーサー」、この疫病退散のお囃子が「あんば囃子」です。信仰の流布にともない、「悪魔払い囃子」「大杉囃子」とも称される「あんば囃子」は各地に広まっていきました。江戸の町でたびたび大盛況となり、とくに疫病の流行る初夏には祇園会と習合して各地で、「あんば囃子(悪魔払い囃子)」が演奏、踊られるようになりました。あまりに喧騒であったことから、禁止されることもありましたが流行はおさまることはなく、関東一円から東北の太平洋沿岸部では、たいへんポピュラーなお囃子になっていたことが知られております。

「あんば囃子(悪魔払い囃子)」は、元和三年(1617)に銚子の田中玄蕃が醤油の醸造の成功祈願の御礼として、十二座神楽とともに紀州より伝えられたのが原初とされております。いっぽう十二座神楽は椿海の干拓成功とともに千葉県旭市を中心に広がりましたが、明治末期に旭市で廃絶した際には再度当社より伝承し、昭和初期に一部の演目が絶えた際には大杉神社に逆伝承されました。

*大杉列伝

田中玄蕃(後のヒゲタ醤油の創業者)に代表されるように多くの実業家が大杉神社で創業の志を立て、事業安泰の祈願をして成功を遂げました。玄蕃と同じく醤油醸造で成功した髙梨兵左衛門や茂木七左衛門も創業の志を大杉神社で立て、のちにキッコーマンへと発展。國分勘兵衛は土浦で醤油醸造をはじめ、後にK&K、国分として発展いたしました。このように創業の志を立て、商売繁昌、企業安泰の神様として多くの実業家が信仰する神社としても知られております。

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安穏寺本堂

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瑞垣(二十四孝)

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御神庫

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唐銅灯篭

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悪縁切りの斎庭

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厄除のかわらけ御納処

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楼門(麒麟門)

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神輿殿

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下総神崎から大杉神社までシャトルバス運行中

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 アクセス地図

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

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