1. TOP
  2. 鎌倉幕府8代執権、北条時宗が開基の、鎌倉五山第二位の円覚寺によりみち!!

鎌倉幕府8代執権、北条時宗が開基の、鎌倉五山第二位の円覚寺によりみち!!

%e3%82%88%e3%82%8a%e3%81%bf%e3%81%a1%e3%83%ad%e3%82%b4-01%e3%83%98%e3%83%83%e3%83%80%e3%83%bc-13

円覚寺に行ったのは、梅雨前線が大雨を降らせた日であった。JR北鎌倉駅前の参道を昇っていくと、降りしきる雨に中にけぶった総門が見えてきた。今回は雨の境内を散策して、国宝大鐘や仏殿をじっくり観れたのが良かった。ぜひ、よりみちをオススメします。

 

IMG_0845

臨済宗円覚寺派の大本山、円覚寺(えんがくじ)開山は無学祖元

神奈川県鎌倉市山ノ内にある寺院。山号を瑞鹿山(ずいろくさん)と称し、正式には瑞鹿山円覚興聖禅寺(ずいろくさんえんがくこうしょうぜんじ)と号する。臨済宗円覚寺派の大本山であり、鎌倉五山第二位に列せられる。本尊は宝冠釈迦如来、開基は北条時宗、開山は無学祖元である。なお、寺名は「えんがくじ」と濁音で読むのが正式である。

IMG_0846

由来

鎌倉五山第二位の円覚寺は、鎌倉幕府八代執権・北条時宗が弘安五年(1282)に創建した臨済宗・円覚寺派総本山である。文永・弘安の役で蒙古の大軍を撃破した時宗は、両軍戦死者の菩提を弔い、己の精神的支柱となった禅宗を広めたいと願い、その師・無学祖元(仏光国師)への報恩の念から、祖元を開祖に円覚寺を建立した。仏日庵(開基廟)は、初め時宗の廟所とその墓堂として建立しましたが、後に堂内には時宗以外にも子供の北条貞時、孫の北条高時の尊像が安置されるようになった。黄梅院は、時宗の夫人の覚山尼が時宗の菩提を弔う為に建立した。元弘三年(1333)、新田義貞の 鎌倉攻めで北条氏が滅びた後も、寺は繁栄し盛時には七堂伽藍で塔頭(小寺院)も42院の規模まで拡大した。
花の寺としても有名。ウメ、ハクモクレン、サクラ、アジサイ、紅葉など種類も豊富。小津安二郎映画監督、木下恵介映画監督を初め、有名人が眠っています。

IMG_0847

無学祖元坐像 鎌倉時代・13世紀 円覚寺蔵(重要文化財)

開山

鎌倉時代後半の弘安5年(1282)、ときの執権北条時宗が中国・宋より招いた無学祖元禅師により、円覚寺は開山されました。開基である時宗公は18歳で執権職につき、無学祖元禅師を師として深く禅宗に帰依されていました。国家の鎮護、禅を弘めたいという願い、そして蒙古襲来による殉死者を、敵味方の区別なく平等に弔うため、円覚寺の建立を発願されました。

IMG_0848 IMG_0849

円覚寺境内図 南北朝時代・14世紀 円覚寺蔵(重要文化財)

歴史

円覚寺は創建以来、北条氏をはじめ朝廷や幕府からの篤い帰依を受け、寺領の寄進などにより経済的基盤を整え、鎌倉時代末期には伽藍が整備されました。 室町時代から江戸時代にかけて、いくたびかの火災に遭い、衰微したこともありましたが、江戸時代後期(天明年間)に大用国師だいゆうこくしが僧堂・山門等の伽藍を復興され、宗風の刷新を図り今日の円覚寺の基礎を築かれました。 明治時代以降、今北洪川いまきたこうせん老師・釈宗演しゃくそうえん老師の師弟のもとに雲水や居士が参集し、多くの人材を輩出しました。今日の静寂な伽藍は、創建以来の七堂伽藍の形式を伝えており、現在もさまざまな坐禅会が行われています

IMG_0850

総門山号扁額

IMG_0852 IMG_0853 IMG_0854 IMG_0855 IMG_0856 IMG_0857

三門(山門)

山門は三つの門とも書きます。
三門は三解脱門(空・無相・無願)を象徴するといわれ、諸々の執着を取り払って佛殿(涅槃・解脱)に至る門とされます。ここをくぐったら娑婆世界を断ち切り、清淨な気持ちで、佛殿(本尊様)をお参りしなければならないとされます。
現在の山門は1785年(天明5年)開山5百年遠諱の年に大用国師(誠拙周樗)によって再建されました。
「円覚興聖禅寺」の扁額は伏見上皇(北条貞時の時代)より賜りました。
楼上に十一面観音像・十二神将・十六羅漢をおまつりしてあり、毎年6月18日観音懺法が行われます。
現在の円覚寺の伽藍の中で唯一関東大震災で倒壊しなかった建造物であります。

IMG_0858 IMG_0859

円覚寺の読み方

円覚寺の読み方 解説

◎解説

今からおよそ700年前の鎌倉時代後半、このお寺を建てるために土を掘っていたら、石の箱がでてきたんですって。フタを開けてみたら、そこから「円覚経えんがくきょう」とよばれる中国・唐時代のお経がでてきて、みんなビックリ。そこから「えんがくじ」と呼ばれることになったそうよ

IMG_0860

仏殿

円覚寺の本尊さまをおまつりしてある建物で、震災で倒壊しましたが、昭和39年に再建されました。
本尊さまは冠を被っておられるので、宝冠釈迦如来とよばれます。華厳の盧遮那仏とも称されます。本尊様は1282年(弘安5年)佛殿開堂の際に建立されましたが、1563年(永禄6年)の大火で焼失、お顔のみが救出されました.後に江戸時代、天甫昌円によって1625年(寛永2年)佛殿が再建される際に躰部が補造されました。その時、本尊様の両脇に梵天、帝釈天がまつられました。「大光明寶殿」の扁額は1378年後光厳天皇より賜りました。
天井に描かれている白龍図は、前田青邨画伯とその弟子守屋多々志画伯によるものです。 
通常、祝聖・ニ祖三仏忌等の行事や毎朝の暁天坐禅がここで行われています。

IMG_0861 IMG_0867  IMG_0869

IMG_0875

IMG_0871 IMG_0872 IMG_0873 IMG_0878 IMG_0879

IMG_0882 IMG_0883 IMG_0884

国宝・洪鐘(梵鐘)

関東で最も大きい洪鐘(高さ259.5cm)で、国宝に指定されています。円覚寺の開基である北条時宗の子である貞時が正安3年(1301)、国家安泰を祈願して寄進したものです。

IMG_0885 IMG_0886 IMG_0887 IMG_0888 IMG_0889

弁天堂

江ノ島弁財天の加護によって洪鐘の鋳造が完成したと伝えられ、その弁財天を祀るお堂です。北条貞時が洪鐘とあわせて弁天堂を建立し、当山の鎮守としました。

IMG_0890 IMG_0891 IMG_0892 IMG_0894 IMG_0895 IMG_0896 IMG_0897 IMG_0898 IMG_0899 IMG_0901 IMG_0902 IMG_0903 IMG_0904 IMG_0905 IMG_0906 IMG_0907

 

 

 

 

%e3%82%88%e3%82%8a%e3%81%bf%e3%81%a1%e3%83%ad%e3%82%b4-01%e3%83%98%e3%83%83%e3%83%80%e3%83%bc-13

\ SNSでシェアしよう! /

よりみち | 日帰り旅行やハイキング・散策のサイトの注目記事を受け取ろう

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

よりみち | 日帰り旅行やハイキング・散策のサイトの人気記事をお届けします。

  • 気に入ったらブックマーク! このエントリーをはてなブックマークに追加
  • フォローしよう!

ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

  • スクールガードボランティアのお礼に、佐倉市立内郷小学校入学式に招待されました🎒

  • ユリカモメ🕊が乱舞する印旛沼観光船🚤のガイド兼助手にチャレンジ🚤

  • 2018・満開と桜吹雪、花筏も観られた新名所、大横川の桜🌸大興奮でした‼️

  • 春爛漫🌸体験博物館「房総のむら」と隣接の、栄町地域交流拠点「ドラムの里」にヨリミチ‼️

関連記事

  • 早くも春爛漫の千葉市花の美術館(命名権、三陽メディアフラワーミュージアム)に、よりみち!

  • 平成29年の入苑最終日に、冬枯れの「皇居東御苑」をヨリミチ🏵

  • 歴博付属くらしの植物苑、特別企画展「季節の伝統植物、冬の華 サザンカ」開催中🌺

  • 徳川将軍も愛した浜離宮恩賜庭園!黄色のジュータン菜の花畑と梅🌺のコラボをよりみち❗️

  • ハクモクレン咲く新宿御苑に春探しの「よりみち」をしました🌼

  • 成田空港からLCCで関空へ✈根来寺の国宝と満開の桜🌸を観る日帰りのたび🌸