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明治時代そのままの門司港レトロと関門海峡🚢下関をLCC✈で日帰りのたび!

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今回のLCC✈の旅で、成田空港から福岡空港。福岡空港から門司まで車で1時間。ほとんど高速道路に乗れば着く。門司港レトロと関門海峡を渡り下関まで足を延ばしたいと思っている。門司港⚓は中国への大連航路もあり活発な貿易港であった。本州と向かい合って、九州の玄関でもある門司港レトロを歩くことにした。

 

当日スケジュール🗓

成田空港第3ターミナルー成田空港✈️ー福岡空港ー九州高速道路ー門司港レトロー旧門司税関ーはね橋ブルーウイングもじー門司港桟橋ー下関、唐戸行き連絡船ー下関、唐戸港⚓ー唐戸市場ー下関、八幡神社ー唐戸桟橋ー門司港行き連絡船ー瓦そばー門司港ICー九州高速道路ー福岡空港ー福岡空港✈︎ー成田空港ー成田空港第3ターミナル

 

門司港レトロ⚓︎、関門海峡と下関、唐戸市場🚢

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Contents

成田空港から九十九里浜上空へ✈︎空撮

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福岡市上空

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福岡空港到着

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メイン

門司港レトロについて

明治初期に開港。120年の歴史

明治初期に開港して、120年。
門司港レトロエリアには、明治から大正にかけて作られた建物が今でも残っています。 木造建築の門司港駅を初め、大正浪漫ただよう建物たちがエキゾチックな雰囲気を醸し出しています。 商業施設も充実しており、ミュージアムや美術館など歴史やアートを感じられる場所も多く、 ゆっくりと散策を楽しむことができます。さらに、少し足を伸ばした和布刈(めかり)エリアには、絶好のビューポイントがたくさんあり、歴史の重要な転換期にたびたび登場してきた関門海峡を望むことができ、関門大橋も間近に見ることができます。
そして、忘れてはならないのが巌流島です。
武蔵と小次郎の歴史がここにあります。

門司の歴史

門司の歴史

かつて、明治から昭和初期にかけ栄華を誇った街、門司。近代日本を支えた港町として歴史に名を刻んでいる。
明治二十二年に石炭などを扱う国の特別輸出港に指定され、貿易港としての地位を確立した門司は、その後、日清戦争、日露戦争の勃発と共に、ますます栄えていくことになります。中国大陸が近いこともあり、軍需品や兵士たちを送り出す重要な港となり、米、兵器、軍服などの品物を扱う商業が目覚ましく発展していきました。大正三年には門司駅新駅舎(現在の門司港駅)が完成。この年の八月に日本は第一次世界大戦に参戦。十一月には中国の青島を攻略し、門司は大戦景気に湧きたちました。その後、欧州航路の寄港地にもなり、港は莫大な利益を得ていくことになります。大陸貿易も盛んで満州などへの貿易船、大陸航路の客船で大変にぎわいました。この頃には、日本三大港(神戸、横浜、門司)の一つとして数えられ、重要な国際貿易の拠点となっていました。大商社や銀行が先を争って門司に支店を出そうとし、地価が暴騰したのもこの時期の事です。一坪八十円、現在の四百万円以上まで騰がったことを考えると、どれだけ門司が栄えていたか容易に想像できるでしょう。そして、大陸貿易の発展とともにもう一つにぎわったものがありました。料亭と花街です。門司には数多くの料亭があり、清滝には10件以上もの料亭が林立していました。旅館も多数あり、高松宮殿下が定宿としていた「三笠」もそのうちの一つでした。また、芸伎衆もおよそ200人、置屋も20軒以上あったと言われており、当時の華やかな風情が想像できます。このように、終戦前までは非常に栄えていた門司だが、終戦とともに大陸貿易が縮小され石炭も減り、港として低迷し次第に衰退していくことになります。そして、現在では『門司港レトロエリア』として生まれ変わり、年間200万人以上の人が訪れる観光地として、新たな歴史を歩もうとしています。

まちづくり団体「門司港レトロ倶楽部」について

写真

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門司港レトロ(もじこうレトロ)は、福岡県北九州市門司区にある観光スポット。JR門司港駅周辺地域に残る外国貿易で栄えた時代建造物を中心に、ホテル商業施設などを大正レトロ調に整備した観光スポットで、国土交通省都市景観100選を受賞している。対岸の下関市唐戸巌流島等との周遊ルートとして多くの観光客で賑わう。

門司港レトロ

解説

1988年昭和63年)から整備を開始、1995年平成7年)3月にグランドオープンした。順調に観光客数を伸ばし、2003年(平成15年)には対岸の下関市にある巌流島NHK大河ドラマ武蔵 MUSASHI」の舞台になったことで、年間255万人の観光客を集めた。翌2004年(平成16年)には反動で前年を下回ったが、焼きカレーが注目を集めていることもあり、2007年(平成19年)の観光客数は220万人(前年比+6万人)[1]まで回復している。

2003年(平成15年)には、地区近辺4か所のバス停留所名に「レトロ」を冠したり(例:「桟橋通」→「レトロ桟橋通」)、門司港駅と門司区内の和布刈(めかり)地区を結ぶ周遊バスを運行するなど、バス利用者に対する利便性の向上を図っている。

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門司港レトロにある建築物

近代

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北九州水道100周年記念碑

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北九州市立国際友好記念図書館

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旧門司税関庁舎

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門司港ロケ地マップ

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名物焼きカレーの店

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サイクリングロード、しおかぜの路

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右、はね橋ブルーウイングもじ

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はね橋ブルーウイングもじ

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右遠くに関門海峡大橋

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連絡船乗り場

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下関、唐戸行き連絡船乗り場

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関門海峡大橋

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連絡船で下関、唐戸到着

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下関、唐戸

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下関、唐戸行き連絡船のりば

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下関、唐戸市場

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唐戸市場のいけす

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下関、亀山八幡宮

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関の氏神、亀山八幡宮の由緒板

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山陽道、終点の石碑

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八幡神社境内、亀山砲台跡説明板

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世界一フグの像

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八幡神社、本殿

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八幡神社境内から関門海峡をのぞむ

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亀山八幡宮・由緒・ご祭神 

亀山八幡宮は、下関市の中心地に祀られています。御祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后・仁徳天皇。(御祭神へ→)平安時代・貞観元年(859)に宇佐八幡宮から勧請されました。

「関の氏神さま」「亀山さま」と親しまれている亀山八幡宮がある地は、古くは島でありました。

平安時代・貞観元年(859)に、京の都の守護のため宇佐神宮(大分県)から石清水八幡宮(京都府)に勧請される途中、この島の麓に停泊されました。その夜、「此の山清浄なり、我もっとも愛す。暫らく祭祀し奉り路を進むべし」とのご神託があり、供の勅使は国主に命じ仮殿を造営させてお祀りし、再び京に向かわれたと伝えられています。(享保年間「防長社寺由来」記載)

「亀山」という名称は、当時島の形が亀に似ていたとも、宇佐の八幡様がお祀りされている山が亀山だからともいわれています。

室町時代に明と貿易が始まると、遣明船は太刀を奉納し航海安全を祈願しました。戦国時代、国内はもとより当藩も疲弊し神社も荒廃していましたが、藩主大内義興は永正3年(1506)に朝鮮国国主に当宮修復の寄進を要請し、その財でもって社殿・楼門等が修築されました。当時朝鮮と交易していたとはいえ海外に寄進を仰いだことは稀有なことであります。次の藩主義隆も神社の興隆に力を注ぎ神領550石を寄進され、次いで毛利藩主も300石を献じ能舞台等を建立。元禄15年(1702)には「長門国三社」と号されています。江戸末期の文久3年(1863)に藩主は攘夷を祈願し、慶応3年(1867)に国難去ったとして剣馬を寄進されました。このように亀山八幡宮は、累代藩主の崇敬・庇護が篤いお社であります。

明治7年に郷社、同34年県社。昭和43年に別表神社に列し、下関60ヶ町の氏神様として尊崇されています。

十返舎一九は「金草鞋」に、「・・・・亀山八幡とて岩の上にありて波打際に石の鳥居立てり山上は見渡し絶景の処なり・・・・」とありますように、関門海峡の清流に臨み帯水を隔て九州連邦を望見する佳景は、古くから「鎮西第一勝の地」(杏雨)・「西海第一関」(有朋)と称えられ、古今文人墨客の詠風を伝えています。室町時代の連歌師の飯尾宗祇は「秋遠し亀の上なる峯の松」と詠じ、江戸時代の俳人大淀三千風は「亀の守神松風や常かほり」と吟じ、明治時代中期の地元の俳人中野水月は「風かほる宮居や洋を右左」と詠んでいます。

 

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唐戸港から門司港へ

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関門海峡を通過する外国船(香港国籍)

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LPG船通過

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はね橋ブルーウイングもじのオープン

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名物、瓦そばーたかせ

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 門司港レトロアクセス図

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

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