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細川忠興に嫁いだガラシャのいた豊前国・小倉城🏯LCCで日帰りの旅✈️

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細川、小笠原氏の豊前国、小倉城。細川忠興に嫁いだ細川ガラシャの運命。九州の要を固めたい徳川幕府。豊前国、小倉城🏯が面白そうなので、成田空港から福岡空港までジェットスター✈で行った。丁度、小倉城で全国の城めぐりシリーズで、BS朝日がロケをしていました。ぜひ、よりみちをオススメします。

 

小倉城パノラマ写真、左、小倉城、右、八坂神社(旧祇園社)

Contents

細川、小笠原の豊前小倉城🏯が、おもしろい!!

小倉城案内図

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小倉城天守閣

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小倉城について

慶長7年(1602年)、細川忠興公が築城した小倉城

関門海峡に面した小倉は、陸海の交通の要衝として、古くから砦や城が構えられた地でした。この地を抑えるために繰りひろげられた、多くの豪族たちの攻防の歴史も残っています。

小倉城の歴史は、戦国末期(1569年)、中国地方の毛利氏が現在の地に城を築いたことから始まります。その後、高橋鑑種たかはしあきたね毛利勝信もうりかつのぶが居城し、関ヶ原合戦の功労で入国した細川忠興ほそかわただおきによって、1602年に本格的に築城が始まり約七年の歳月を要しました。

忠興は城下町繁栄策として、諸国の商人や職人を集めて商工業保護政策を実施。外国貿易も盛んにし、同時に祇園祭りも誕生させました。

細川氏熊本転封の後には、播磨国明石から細川家とは姻戚関係にある譜代大名の小笠原忠真おがさわらただざねが、1632年に入国。小倉・小笠原藩は、将軍・徳川家光から九州諸大名監視という特命を受けていました。

この時期、小倉は九州各地に通ずる街道の起点として重要な地位を確立し、同時に小倉城は一層充実し、城下町も繁栄しました。

小笠原忠苗ただみつの時期には、城内下屋敷に泉水を持つ回遊式庭園もつくられています。しかし、1837年城内から発した火災によって全焼。2年後に再建されましたが、天守閣は再建されませんでした。

幕末期になると、小倉は長州藩を攻める第一線基地となり、その中で小倉と熊本藩は勇敢に戦いましたが、他の九州諸藩の兵には積極的な戦意がなく、ついに1866年、自ら小倉城に火を放って戦線を後退せざるをえませんでした。

明治10年の西南戦争の際には、小倉城内に駐屯していた歩兵第14連隊が、乃木将軍に率いられて出征しました。

その後は、歩兵第12旅団や第12師団の司令部が城内に置かれました。太平洋戦争後は米国に接収されましたが、1957年に解除され、1959年市民の熱望によって天守閣が再建されました。

この天守閣は「唐造りからづくりの天守」と呼ばれ、四階と五階の間に屋根のひさしがなく五階が四階よりも大きくなっているのが特徴的です。また、城の石垣は切り石を使わない野面積みのづらづみで、素朴ながらも豪快な風情にあふれています

 

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小倉城略年譜(概要)

年代 西暦 城主名 事項
慶長5年 1600 細川興元おきもと 関ヶ原合戦の功(30万石)により細川忠興中津城に入城。
その弟興元(翌年出奔)に守らせた。
慶長7年 1602 細川忠興ただおきHosokawa Tadaoki 大規模な小倉城を築城。居城とする。
1612宮本武蔵、佐々木小次郎 巌流島で決闘。
元和6年 1620 細川忠利ただとしHosokawa Tadatoshi cropped 忠興は隠居(中津城へ)
寛永9年 1632 小笠原忠真ただざね 細川忠利肥後国に転封。明石城主小笠原忠真入国(15万)。
1634宮本伊織仕官
寛文5年 1665 中国僧 即非禅師、黄檗宗広寿山福聚寺を創建
寛文7年 1667 小笠原忠雄ただたか
享保10年 1725 小笠原忠基ただもと
宝暦2年 1752 小笠原忠総ただふさ
天明8年 1788 藩校思永館を創設。
寛政3年 1791 小笠原忠苗ただみつ 家老 犬甘知寛いぬかいともひろ・藩政の大改革(1777~1802)
文化元年 1804 小笠原忠固ただかた
天保8年 1837 城内塩切場より出火、天守閣はじめ本丸焼失。
(天保10年再建、天守は建てず)
天保14年 1843 小笠原忠徴ただあきら
安政3年 1856 小笠原忠嘉ただひろ
万延元年 1860 小笠原忠幹ただよし
元治元年 1864 幕府の長州征伐令(第一次)
慶応元年 1865 幕府の長州征伐令(第二次)藩主死す、喪を秘す。豊千代丸4才
慶応2年 1866 長州藩との戦闘。企救郡境に退く。
慶応3年 1867 長州藩と講和、香春藩。(田川郡香春町)
小笠原忠忱ただのぶ 豊千代丸(忠忱)家督相続、香春藩主となる。
明治2年 1869 忠忱、版籍奉還。
明治3年 1870 藩庁を豊津に移す(豊津藩)
明治4年 1871 廃藩置県小倉県設置(明治9年福岡県に合併)
明治31年 1898 第12師団司令部設置。
明治32年 1899 森鴎外軍医部長として着任(~35年まで)
昭和8年 1933 陸軍造兵廠小倉工廠開所。
昭和20年 1945 米国駐留軍城内を接収(昭和32年接収解除)
昭和34年 1959 小倉城天守閣再建
平成2年 1990 小倉城全面改装
平成10年 1998 城内に小倉城庭園・松本清張記念館開館
平成14年 2002 築城400年・3階からくりシアターリニューアル
椅子式階段昇降機設置
平成19年 2007 2階「殿のくらし七不思議」リニューアル
小倉城屋根瓦改修(約80,000枚)
平成21年 2009 小倉城天守閣再建50周年記念
小倉城オリジナルマスコットキャラクター「とらっちゃ」誕生
平成25年 2013 2月 北九州市制50周年
平成26年 2014 4月1日 耐震補強工事開始(休館)
12月14日 耐震補強工事終了(再開館)

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小倉城所縁のひとびと

Hosokawa Tadaoki

小倉細川藩初代城主
細川 忠興ほそかわただおき[1563〜1645]

関ヶ原の合戦後に小倉に入国し、唐作りと呼ばれる全国唯一の城を築城。

能や茶道にも精通した文化人で、『利休七哲』の一人。

巌流島の決戦が行われた時の藩主。

細川 玉(ガラシャ)[1563〜1600]

明智光秀の娘で細川忠興の夫人。戦国時代に非業の死を遂げる。

忠興が徳川家康の上杉征伐に出陣中、石田三成より人質への要求があるが拒否。キリスト教信者のため自決できず家臣の介錯により命を絶つ。

その後、小倉に入国した忠興により小倉で盛大なミサが行われたと言われている。

小倉小笠原藩初代城主
小笠原 忠真おがさわらただざね[1596〜1667]

徳川家康のひ孫にあたる。播磨国、明石10万石を経て豊前、小倉に15万石で入国。
黄檗おうばく僧・即非そくひを招き、黄檗宗の寺院を創建し、この地方に黄檗文化を広める。

Miyamoto Musashi Self-Portrait

宮本武蔵むさし[1582〜1645]

小倉藩(細川藩時代)の剣術指南役だった佐々木小次郎と巌流島がんりゅうじまで決闘を行った事が有名。養子の伊織が小笠原藩の家老だったこともあり、武蔵の生涯でもっとも長い7年間を小倉で過ごす。

『吾家は小笠原家に遺し、吾技は細川家に遺す』と語ったと伝えられる。

 

北九州市 小倉城

慶長7年(1602)細川忠興公が築城した名城、小倉城。当時は「唐造り」とよばれ、全国唯一の珍しいものでした。現在の城は、昭和34年に在りし日の名城を再建したものです。

料金 一般  350円
中学生・高校生 200円
小学生 100円
団体割引(30名以上) 2割引き
療育手帳・身体障害者手帳・精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方
北九州市の方 無料(付添い1名無料)
市外の方 有料
※詳細はご利用案内をご覧ください。
休館日 年中無休
開館時間 4月〜10月 9:00〜18:00
11月〜3月 9:00〜17:00
(入館は30分前まで)

〒803-0813
福岡県北九州市小倉北区城内2-1
TEL 093-561-1210

小倉城・小倉城庭園・松本清張記念館 3施設共通入場券

小倉城・小倉城庭園・松本清張記念館の3つの施設に入場できる共通券です。

料金 一般  700円
中学生・高校生 400円
小学生 250円
※団体割引はありません。
  • おみやげやご来城記念に!1階売店

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大手門跡

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槻門跡

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細川家・小笠原家家紋

三階菱

小笠原家家紋

九曜紋

細川家家紋

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小倉城入口🏯

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九州の要所、小倉城への街道

 

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小倉城下のジオラマ

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小倉城の1日

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小倉、祇園祭り

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小倉城、天守閣

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迎え虎

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迎え虎、どこからみても真正面からにみえる

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送り虎

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小倉城、御前会議再現

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古船場町山車

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殿の1日、講釈師が語る

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大名かご

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小倉城から江戸まで飛脚で2週間

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巌流島の決闘は豊前国、細川忠興の時代

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上段は武蔵が使った船の櫂。中段が佐々木小次郎仕様の長刀

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現在の巌流島

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天守閣4階からの眺め

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大手門付近、BS朝日、九州の城シリーズTV撮影中

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松本清張記念館

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西ノ口門跡

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槻門跡

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小倉城庭園

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左、小倉城、右、八坂神社

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八坂神社のはじまり

【由緒】 八坂神社のはじまり
祇園さま(スサノオノミコト)は九世紀頃には、既にここ、小倉の地に祀られておりました。 元和三年(1617年)に丹後国(現在の京都府)から小倉の地に移ってきた細川忠興公が、改めて祇園社(のちの八坂神社)の社殿を 小倉・鋳物師町に創建しました。
細川忠興公が小倉に来た理由
慶長五年(1600年)の関が原の戦いで東軍に参加し、その戦功を評価され、徳川家康公より豊前小倉藩39万9000石を付与されたのです。
忠興公が祇園社(のちの八坂神社)を建て直したきっかけ
ある日、城外に鷹狩りに出かけた忠興公は、小さな社を見つけ、祠の中にある御神体を覗き見ようとしました。杖でこじ開けようとしたところ、中から一羽の鷹が飛び出し、忠興公の目を蹴ったのです。失明同然になった忠興公は、神様に対して非礼を働いた神罰だと深く反省し、荘厳な社殿を建立したのでした。これによって忠興公の目も快癒したと伝えられています。
以後、八坂神社は変わることなく小倉城下の人々の信仰を集めてきました。 明治になり、祇園社から八坂神社へと名前が変わり、昭和九年に現在の小倉城内にご遷座されています。

【御祀神】 八坂神社に祀られている神様
八坂神社の御祀神はスサノオノミコトという神様です。素盞嗚尊、須佐之男命、須佐乃袁尊などいろいろな表記がありますが、読み方は同じです。
乱暴者の神様から庶民の英雄へ
◇天岩戸のお話
高天原(神様の住む世界)に住んでいたスサノオ様は、アマテラス様(太陽の神様)の田んぼを壊す、神殿を汚す、馬の皮を剥いで機織屋に投げ込み、天衣織女を死に至らしめるなど、数々の乱暴を繰り返しました。怒ったアマテラス様は、洞窟の中に籠もってしまい、太陽の神様を失った高天原は闇となり禍が蔓延したのです。その後、他の神様たちの機転で、アマテラス様は外にお出になられましたが、スサノオ様は人間の世界へ追放されてしまいました。
◇ヤマタノオロチのお話
人間界へ降りたスサノオ様は、出雲の国で嘆き悲しむ老夫婦とその娘に出会いました。悲しむ訳を尋ねると、老夫婦には、もともと8人の娘がいましたが、大蛇が毎年襲ってきて、娘を食ってしまったと言うのです。話を聞いたスサノオ様は大蛇を退治し、その尾から出てきた刀をアマテラス様へ献上したのです。スサノオ様は助けた娘(クシナダヒメ)と結婚し出雲の須賀(すが)の地へ留まったそうです。

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八坂神社、東楼門

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拝殿

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社務所

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神楽殿

 

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八坂神社、境内

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正門

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猿田彦社

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大鳥居

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小倉城アクセス

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

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