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熊本・人吉を拠点に700年間続いた相良藩の百名城の一つ人吉城🏯LCC✈で日帰りのたび✈

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今回の人吉は、私が前から行ってみたいと思っていたところの一つで、人吉盆地は熊本県内であるが、地図をみると熊本県の南、鹿児島県に近いところにあるので、LCC✈️で鹿児島空港経由で行くことにした。鹿児島空港から九州自動車道で人吉ICまで60分走らせると、そこは別世界🏯であった。

 

熊本県人吉行き、当日のスケジュール✈️

成田空港第3ターミナルー成田空港発9:00ー鹿児島空港着11:00ーレンタカーー溝辺ICー九州自動車道ー人吉IC12:30ー史跡人吉城跡ー林鹿寺ー人吉城歴史館ー林鹿寺(勝海舟揮毫戦死の碑)ー焼酎工場見学ーみそ醤油館見学ー国宝青井阿蘇神社ーJR人吉駅ー人吉ICー九州自動車道ー鹿児島空港ICーレンタカー17:00ー鹿児島空港ー鹿児島空港発19:50ー成田空港着21:40ー成田空港第3ターミナルー空港第2ビル駅

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成田空港からジェットスターで鹿児島空港に到着11:00✈️

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鹿児島空港内の無料足湯♨️

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ここからレンタカー会社に送ってもらう🚗

人吉 観光 地図 

人吉 観光 地図 に対する画像結果
相良700年が生んだ保守と進取の文化~日本でもっとも豊かな隠れ里-人吉球磨~熊本

【概要】人吉球磨の領主相良氏は、急峻な九州山地に囲まれた地の利を生かして外敵の侵入を拒み、日本史上稀な「相良700年」と称される長きにわたる統治を行った。その中で領主から民衆までが一体となったまちづくりの精神が形成され、社寺や仏像群、神楽等をともに信仰し、楽しみ、守る文化が育まれた。同時に進取の精神をもってしたたかに外来の文化を吸収し、独自の食文化や遊戯、交通網が整えられた。保守と進取、双方の精神から昇華された文化の証が集中して現存している地域は他になく、日本文化の縮図を今に見ることができる地域であり、司馬遼太郎はこの地を「日本でもっとも豊かな隠れ里」と記している。

Contents

人吉城🏯

 

人吉城(ひとよしじょう)は熊本県人吉市麓町にある日本の城平山城跡)。相良氏鎌倉時代地頭として人吉荘に赴任して以来35代670年の長きにわたり在城江戸時代には人吉藩の藩庁であった。国の史跡に指定されている。

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概要

人吉城は市内中央部を流れる球磨川の南側に位置し、球磨川とその支流胸川の合流点の山に築かれており、北側と西側は球磨川と胸川を天然の堀とし、東側と南側は山の斜面と崖を天然の城壁として、巧みに自然を利用している。球磨川沿いに三の丸を配し、その南に二の丸、さらに丘陵上に本丸が配されている、梯郭式の平山城である。本丸には天守は築かれず護摩堂があったといわれる。

幕末に築かれた御館の石垣の一部には、ヨーロッパの築城技術である槹出工法(はねだしこうほう)を応用した「武者返し」と呼ばれる独特の石垣がある。この武者返しは城壁最上部に平らな石がやや突き出して積んであり、ねずみ返しのように城壁越えを阻止すると共に、割合簡単に落下させられるようになっており、城壁に張り付いた敵への攻撃にも使えるようにしている。この城壁は日本の城では他に函館五稜郭鶴岡城にしかない(城以外も含めればお台場にも見られる)珍しいもので、いずれも人吉城の石垣程の規模ではない。

現在の城跡は「人吉城公園」として整備され櫓や塀が復元されている。また、城址の西側には人吉市役所、相良護国神社がある。

 

鎌倉時代

源頼朝に仕えた遠江国相良荘国人の相良長頼元久2年(1205年肥後国人吉荘の地頭に任ぜられた。この地は平頼盛の家臣の矢瀬主馬佑が城を構え支配する所であった。主馬佑は長頼に反抗したため、鵜狩りと称して主馬佑を誘き寄せ謀殺した。これを悲しんだ主馬佑の母・津賀は恨みをもって自害し、亡霊となって祟ったという。後に三の丸には鎮魂の為に「お津賀の社」が建立された(現在は残っていない)。

長頼は主馬佑の城を拡張し人吉城の基礎を造った。築城の際、三日月型の模様の入った石が出土した。このため、この城の別名を「繊月城」「三日月城」とも言う。

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戦国時代・安土桃山時代

戦国時代になると相良氏は球磨地方を統一する。しかし、家督問題で内訌が生じた後の大永6年(1526年)7月14日、日向真幸院を治める北原氏が率いた大軍(一向宗を率いていたともいわれる)により人吉城は包囲される。相良義滋は策を用いて北原氏を追い返し事なきを得たが、これが相良氏入城後の人吉城が他家に攻められた唯一の出来事となった。

その後、19代当主の相良義陽によって天正年間(1573年1593年)より城の大改修が始められた。途中に度々改修の中断があり、22代頼寛寛永16年(1639年)漸く近代城郭に生まれ変わった。

戦国時代の相良氏は南の島津氏や北原氏、北の名和氏大友氏などに絶えず脅かされよく耐えていたが天正9年(1581年)に島津氏に降伏し臣従する。その後、義陽の子・相良頼房は天正15年(1587年羽柴秀吉九州征伐の際に奮戦するもこれに降伏、家臣・深水長智の交渉により再び独立領主として人吉城と領地を安堵された。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは当初は石田三成方(西軍)に付き伏見城などを攻めるが、本戦で石田方が敗れると徳川方(東軍)に内応し戦功を挙げ、徳川家康より2万2千石の領地を安堵された。

江戸時代

享和2年(1802年)には城内から出火、文久2年(1862年)2月には城下町の鍛冶屋から出火があり「寅助火事」と呼ばれる大火となった。この2度の火災で城は全焼した。その後、一部の建物が再建された。

近現代

明治4年(1871年)廃藩置県により廃城となった。1877年(明治10年)に起こった西南戦争では西郷隆盛軍の拠点となり戦闘が行われた。この際に幕末に再建された建造物も全焼したが、焼け残った堀合門が市内の民家に移築され現存する。

その後、城跡は人吉城公園として整備され、1961年昭和36年)9月2日、国の史跡に指定された。

1989年平成元年)隅櫓が復元された。1993年(平成5年)には大手門脇多聞櫓と続塀が復元された。

2005年(平成17年)人吉城歴史館が開館。施設内に石造り地下室の遺構が保存されている。

2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(93番)に選定された。

 

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御館御門橋(熊本県指定文化財)

多脚式の石橋で、明和3年(1766年)に山田村の石材を切り出し、領内各村に割当して運搬させ建設された。

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相良護国神社

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相良護国神社境内池の菖蒲

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相良護国神社ー江戸時代までは、この地が城主の御館となっていた。

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球磨川開さく者の説明板

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本丸、二の丸、三の丸へ行くみち

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御津賀社跡から球磨川を 望む

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三の丸から人吉市街を望む

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於津賀社跡の碑

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三の丸跡から於津賀社跡を望む

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三の丸跡から二の丸をみる

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三の丸から中の御門跡をみる

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 三の丸跡

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中の御門跡

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中の御門跡から御下門跡へ行く途中道

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二の丸跡

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二の丸から三の丸、御津賀社跡、球磨川をみる

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本丸へ行く途中みち

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本丸跡

天守閣は建てられず、寛永3(1626)年に護摩堂が建てられ、その他に御先祖堂や時を知らせる太鼓堂、山伏番所があった。

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御門下跡へ下るみち、球磨川がみえる

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御下門跡

「下の御門」と呼ばれ、人吉城の中心である本丸、二の丸、三の丸への唯一の登場口に置かれた門。

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「故郷の廃家、旅愁」の作詞、作曲家の犬童球渓は人吉出身

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大村米御蔵跡、欠米蔵跡

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水ノ手門跡

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右の石垣は武者返しの石垣と言われている。左の基礎石は間米蔵跡

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人吉城は球磨川で守られていた。

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球磨川

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人吉城歴史館

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下台所跡、犬童市衛門屋敷跡

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この広大な地域を西外曲輪という

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林鹿寺

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戦死の碑

西南戦争で亡くなった両軍を、勝海舟が供養のため書いた慰霊碑

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林鹿寺

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人吉温泉♨️元湯、営業中、銭湯形式

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人吉温泉♨️元湯ー天然温泉

大人200円、中人100円、子供50円

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種田山頭火も立ち寄った人吉。駅前の碑。

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人吉駅前(JR肥薩線とくまがわ鉄道)

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くまがわ鉄道の車両

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県内初の国宝指定へ

 

国宝指定を受けたのは、本殿、廊、幣殿、拝殿、楼門の建造物五棟と、附(つけたり)として造営時の棟札一枚と改築の年代や内容が明記された銘札五枚。現在の社殿群は、慶長15年(1610)から同18年に4ヶ年をかけて造営されたもので、まもなく400年を迎えます。一連の社殿が同時期のものは全国でも珍しいということです。急勾配のかやぶき屋根をはじめ、随所に桃山様式をとり入れた多彩な装飾や色彩、南九州地方にみられる雲龍の彫刻が施されているのが特徴で、拝殿横に神供所を配置するL字状の配置は、球磨地方の社寺建築の規範となっています。
国宝の指定件数は全国で1,075件目。建造物では214件目。神社の指定は37件目で、昭和36年以来47年ぶり。茅葺の社寺建造物では初めて。九州内では22件目中、建造物は6件目で、昭和28年指定の長崎県大浦天主堂以来55年ぶり。神社では大分県宇佐八幡宮本殿に次いで2件目となります。
「国宝の指定基準」
重要文化財の中でも極めて優秀で、かつ文化史的に意義の深いもの
青井阿蘇神社の評価としては、

①中世球磨地方に展開した独自性の強い意匠を継承しつつ、桃山期の華やかな意匠を機敏に摂取している。
②完成度も高く、近世球磨地方における社寺造営の手本となっている。
③彫刻技法や特異な拝殿形式などは、広く南九州地方にその影響が認められる。
(文化庁プレス発表資料より抜粋)
「神社の歴史」
806年 阿蘇神社の分霊を勧請して創建
807年 尾方権之助大神惟基が初代大宮司となり青井姓に改称
1198年 相良家初代・長頼が遠江(静岡県)から下向し氏神として祭る
1472年 相良為続が雨ごい祈願で神楽などを奉納
1610年 相良長毎が本殿、幣殿、廊を造営
1611年 拝殿を造営
1613年 楼門を造営
1868年 社名を青井大明神から青井神社に改称
1872年 青井阿蘇神社に改称
1877年 西南戦争に参加した日本二番隊が戦勝祈願
1933年 旧国宝保存法に基づき本殿など旧国宝指定
1950年 文化財保護法に基づき国指定重要文化財に
1982年 球磨神楽が国選択の無形民俗文化財に
2006年 鎮座1200年祭
2008年 国宝指定

当神社は平安時代初期に阿蘇三神を祭神に創健されましたが、相良氏と阿蘇氏は南北朝内乱期や戦国時代には対立関係にあることが多く、そのためか阿蘇神社や阿蘇大宮司家との宗教上の密接な交流を示す資料は残されていません。阿蘇三神を祭るものの青井阿蘇神社自体は中世、近世を通して人吉球磨地方で独自の宗教的展開を図っていたといわれています。
本殿(ほんでん)
御扉(みとびら)は神仏習合の思想を偲ばせる真言密教の法具である「輪宝(りんぽう)」の金具、その背面には金箔地に社紋の「並び鷹の羽(ならびたかのは)」が描かれ、御扉両脇の亀甲文様をした蔀戸(しとみと)は、各部ごとに花弁(はなびら)が描かれていた痕跡があります。
また両側面の妻(つま)の部分には昇龍や降龍、瑞雲(ずいうん)や藤の彫刻が一面に施され豪華な造りとなっています。
側面、背面全体にみられる×型の桟(さん)、緑や赤で塗られた格狭間(こうざま)とよばれる文様の位置に人吉球磨の社寺建造物の特徴がうかがえます。
廊(ろう)
右左両柱には「あ・うん」の形相をした一対の龍の彫刻があり、向って右が剣を、左が梵鐘を巻き込んでいますが、このような形式は南九州の近世社寺建造物に影響を与えたとされています。
幣殿(へいでん)
本殿から向かって縦長に配置され、内部は四季折々の花鳥風月、外部は動植物の華麗な彫刻や餝(かざり)金具の装飾で彩られています。 柱を超えてつながる画題の彫刻や露(つゆ)を表現した 餝金具の手法は、当時の最先端技法をいち早く取り入れたとされています。
【内部見学可能】
拝殿(はいでん)
建造物の内部が拝殿・神楽殿(かぐらでん)・神供所(じんくしょ)の三部屋に仕切られているのが最大の特徴です。 神楽殿には天体にたとえたヤツジメとよばれるこの地方独特な舞台装飾が施され、10月8日の夕刻には国の無形民俗文化財に選択されている球磨神楽(くまかぐら)が演じられます。
【内部見学可能】
楼門(ろうもん)
高さ12メートルにおよぶ禅宗(ぜんしゅう)様式と桃山(ももやま)様式が華麗に調和した建造物です。 上層軒先の四隅にはめ込まれた陰陽一対の鬼面は人吉様式とよばれ、全国に類例がないとされています。
欄間の彫刻は、二十四孝物語(にじゅうしこうものがたり)をはじめ大陸の影響をうけたものが施され、天井には経年により彩色の剥落がみられますが、二体の龍が描かれています。

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拝殿

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国宝青井阿蘇神社

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楼門

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蔵めぐり、みそ醤油蔵見学。釜田醸造所

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鹿児島空港19:50発の成田空港行きLCCに乗りました。

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鹿児島空港ロビー

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鹿児島空港内ロビーにて

人吉城アクセス地図

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

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