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春爛漫🌺ツツジとフジの競演☘江戸の歴史も満載の新宿御苑🍀

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新宿御苑もソメイヨシノが終わり、その後は新緑のみで一段落と思っていたが、遅咲きのサトザクラや、ツツジ、フジ、バラ🌹と進行して行くようで、奥の深い公園⛲️である。これからツツジやフジの満開が見られるが、新緑の新宿御苑をよりみちしてみた。ここ新宿御苑は、江戸時代、甲州街道で最初の宿場町、内藤新宿の跡地であり、周辺含め歴史的にみるところが多くある。ぜひ、よりみちをおススメします。

園内マップ 

 

ソメイヨシノが終わり静けさが戻った、新緑の新宿御苑!

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重要文化財 旧洋館旧御休所

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まだ桜の残り香🌸が続いています。

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新宿御苑の昔は、甲州街道の最初の宿場町、内藤新宿だった。

内藤新宿の復元模型(新宿歴史博物館蔵)。画像奥が東で、四谷大木戸に至る。手前の分岐点が新宿追分

内藤新宿

内藤新宿(ないとうしんじゅく)は、江戸時代に設けられた宿場の一つ。甲州街道に存在した宿場のうち、江戸日本橋から数えて最初の宿場であり、宿場内の新宿追分から甲州街道と分岐している成木街道(青梅街道)の起点でもあった。現在の住所では、東京都新宿区新宿一丁目から二丁目・三丁目の一帯にあたる。

東海道品川宿中山道板橋宿日光街道奥州街道)の千住宿と並んで、江戸四宿と呼ばれた。地名から四谷新宿と呼ばれることもある。

歌川広重名所江戸百景』より「四ッ谷内藤新宿」

 内藤新宿

開設の背景

慶長9年(1604年)、江戸幕府により日本橋が五街道の起点として定められ、各街道で1里(約4km)ごとに一里塚を設けたほか、n街道沿いに宿場が整備された。甲州街道最初の宿場は、慶長7年(1602年)に設けられていた高井戸宿であったが、日本橋から約4里(約16km)と遠く離れ、徒歩を主な手段とする当時の交通には不便であった。

東海道の品川宿・中山道の板橋宿・日光街道(奥州街道)の千住宿は、いずれも日本橋から約2里の距離にあり、五街道の内で甲州街道のみが江戸近郊に宿場を持たなかった。このため、日本橋 – 高井戸宿間での公用通行に対して人馬の提供を行う必要があった日本橋伝馬町と高井戸宿は、負担が大きかったとされる。幕府成立より約100年、江戸の発展に伴い甲州街道の通行量も増加を続けていた。

開設

元禄10年(1697年)、幕府に対し浅草阿部川町(現在の台東区元浅草三、四丁目の一部)の名主であった高松喜兵衛など5名の浅草商人が、甲州街道の日本橋 – 高井戸宿間に新しい宿場を開設したいと願い出る。請願を受けた幕府では、代官・細井九左衛門や勘定奉行荻原重秀などが審査にあたった。

翌年6月、幕府は5600両の上納を条件に、宿場の開設を許可。日本橋から2里弱の距離で、青梅街道との分岐点付近に宿場が設けられることとなった。宿場予定地には信濃国高遠藩内藤家中屋敷の一部や旗本の屋敷などが存在したが、これらの土地を幕府に返上させて宿場用地とした。

高松喜兵衛らは新たに5名の商人を加えて宿場の整備に乗り出し、この10名は「元〆拾人衆」「内藤新宿御伝馬町年寄」などと呼ばれた。元〆拾人衆の手で街道の拡幅や周辺の整地が行なわれ、元禄12年(1699年)に内藤新宿が開設された。宿場名である内藤新宿は、以前よりこの付近にあった「内藤宿」に由来する。内藤新宿への助郷は、開設当初どの村が請け負うのか明確でなかったが、後に角筈村など周辺24か所と定められた。

なお、浅草商人が莫大な金額を上納してまで宿場開設を願い出た理由としては、この地を新たな繁華街・行楽地として開発し、商売によって利益を上げる計画だったとする説が有力である。

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内藤氏屋敷

江戸時代に信濃・高遠藩(内藤家)が現在の新宿御苑一帯に拝領していた屋敷である。

【高遠藩(内藤家)】

高遠藩内藤家は、戦国時代~江戸初期に徳川家譜代の家臣として活躍した内藤清成を祖とする。

天正18年、徳川家康が豊臣秀吉によって関東に移封されると、清成は江戸入りの先陣を務めた。

その後、内藤家6代・清枚(キヨカズ)の時に、天領であった信濃・高遠に移封され、高遠藩(内藤家)となる。

その後内藤家は幕末まで高遠を領有し、8代藩主・頼直は戊辰戦争で新政府側につき北越戦争や会津戦争を戦った。

【歴史】

家康が関東に移封された翌年の天正19年、長年の功を認められた内藤清成は現在の新宿に約20万坪と言われる広大な屋敷地を拝領した。

その後、内藤家は安房国など各地を領有するが、この屋敷は江戸期を通じて内藤家が使用しており、6代・清枚が高遠藩に移封されると、新たに別な場所に上屋敷を拝領したことから、この屋敷地は下屋敷として使われるようになった。

明治に入り、この場所は大蔵省が購入し農業試験場となるが、明治34年に庭園への改造計画がスタート、5年後の明治39年に「新宿御苑」となり、今に至る。

【地名の由来】

現在、日本を代表する繁華街である新宿であるが、ここはもともと内藤新宿と呼ばれていた。

江戸幕府によって制定された五街道のひとつである甲州街道は、日本橋を基点に西に向かい甲斐国(現在の山梨県)へ至る街道であったが、この街道の最初の宿場は当初、高井戸宿(現在の杉並区高井戸)であった。

元禄10年(1697)になり、江戸開府から約100年が経つと、人の往来や輸送量も増え、江戸から約4里(約16km)も離れている高井戸宿では不便が多かった。

そこで江戸-高井戸間に新たな宿場を設ける事となり、候補地となったのが江戸から約2里(約8km)で青梅街道との分岐点となる、現在の新宿付近である。

この候補地となった場所には前述の通り内藤家の屋敷地があったが、内藤家は幕府に土地の一部を返上、ここに新たな宿場が開設される事となり、内藤新宿と呼ばれるようになった。

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ヤマツツジ

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新緑がまぶしい。

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新緑が美しい季節になってきました。

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小学生も新緑の写生をしていました。

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駿河台匂の葉桜

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ツツジとフジのコラボ

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手前はフキノトウ

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新緑にツツジ、フジ、青空に映えます。

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池に映えるしだれやなぎが美しい

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新宿御苑大木戸門前の内藤新宿開設300年記念碑。

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信州高遠藩内藤家の関係から、新宿御苑内にもタカトウコヒガンザクラが植栽されている。

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新緑にツツジとフジのコラボが美しい

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四谷大木戸

新宿御苑大木戸門にちなんで

四谷大木戸(よつやおおきど)は、江戸時代四谷に設けられていた、甲州街道を通って江戸に出入りする通行人や荷物を取り締まるための関所である。現在の東京都新宿区四谷4丁目交差点にあたり、新宿区立四谷区民センターの脇には四谷大木戸門跡の碑が立っている。

概要

元和2年(1616年)、江戸幕府により四谷の地に、甲州街道における江戸への出入り口として大木戸が設けられた。地面には石畳を敷き、木戸の両側には石垣を設けていた。初めは夜になると木戸を閉めていたが、寛政4年(1792年)以降は木戸が撤去されている(木戸がなくなった後も四谷大木戸の名は変わらなかった)。文政12年(1829年)成立の「江戸名所図会」には、木戸撤去後の、人馬や籠などの行き交う様子が描かれている。

大木戸近くには承応2年(1653年)に完成した玉川上水の四谷水番所が設けられ、ここから江戸市中へ配水していた。また、元禄12年(1699年)には大木戸の西に甲州街道最初の宿場となる内藤新宿が開設されている。

明治維新後、石畳や石垣は交通の障害となったため、明治9年(1876年)に撤去されてしまい、現在では何も残っていない。ただし、現在の交差点上が「四谷大木戸跡」として東京都指定旧跡となっている。なお新宿御苑の出入り口のひとつである大木戸門の名前は、四谷大木戸に因むものである。

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園内マップ 

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アクセスマップ 

画像:アクセスマップ(新宿御苑周辺)

 

 

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

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  • 江戸城(皇居東御苑)の「城壁、反りの美」や「石垣の積み方」を探求しました🏯

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