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✈成田空港からLCCで関空‼️富士山🗻空撮✈

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成田空港からジェットスターのLCCで関西空港まで飛んだ。勿論、向かって右側の座席を陣取った。当日は天気が良いので、富士山の眺望を期待できるとワクワクして乗った。天気が良すぎても富士山が見えないことも、過去多々あったので少し不安ではあった。だが、進むにつれて、富士山のすそ野が見えてきた。しめたと思わず口出してしまった。アイパッドを間断なく窓に寄せ付けて押し続けた。アイパッドは少し音がするので、迷惑ではあるが、その時は他の乗客もスマホを押しているので大丈夫でした。そんな苦労して撮った富士山に焦点をあてた空撮をご覧ください。今回の空撮説明文は、私が地図を見ながら推測で書いていますので間違いありましたらご容赦ください。

Contents

富士山

富士山イラスト に対する画像結果

富士山(ふじさん、英語:Mount Fuji)は、静岡県富士宮市裾野市富士市御殿場市駿東郡小山町)と、山梨県富士吉田市南都留郡鳴沢村)に跨る活火山である。標高3,776.12 m日本最高峰剣ヶ峰[注釈 1]の独立峰で、その優美な風貌は日本国外でも日本象徴として広く知られている。数多くの芸術作品の題材とされ、芸術面でも大きな影響を与えた。懸垂曲線の山容を有した玄武岩質成層火山で構成され、その山体は駿河湾の海岸まで及ぶ。

古来霊峰とされ、特に山頂部は浅間大神が鎮座するとされたため、神聖視された。噴火を沈静化するため律令国家により浅間神社が祭祀され、浅間信仰が確立された。また、富士山修験道の開祖とされる富士上人により修験道の霊場としても認識されるようになり、登拝が行われるようになった。これら富士信仰は時代により多様化し、村山修験富士講といった一派を形成するに至る。現在、富士山麓周辺には観光名所が多くある他、夏季シーズンには富士登山が盛んである。

日本三名山三霊山)、日本百名山日本の地質百選に選定されている。また、1936年昭和11年)には富士箱根伊豆国立公園に指定されている。その後、1952年(昭和27年)に特別名勝2011年平成23年)に史跡、さらに2013年(平成25年)6月22日には関連する文化財群とともに「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の名で世界文化遺産に登録された。日本の文化遺産としては13件目である。

 

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左上、丹沢湖。右上の雪を抱いているのは、丹沢山地、蛭ケ岳(1673m)、丹沢山(1567m)

下辺中央を流れているんは、酒匂川。南足柄市あたり。

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左上、富士五湖の一つ山中湖。

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下辺は御殿場市。

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富士山の裾野がハッキリと見えてきた。

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山中湖の北すぐそばに忍野八海

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富士山のバックは御坂山地。手前に富士五湖が並ぶ。

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富士山噴火の歴史

私たちの感覚では富士山は非常に穏やかで雄大な霊峰ですが、実際には現在も活動を続けているまぎれもない活火山です。

前回の噴火が1707年ですから、もう300年以上噴火していませんが、それ以前は100年に1度は噴火しているような活発な活火山のひとつでした。噴火の規模はさまざまですが、規模によってはかなり大きな被害を及ぼしており、現在富士山のふもとに広がる青木ヶ原の樹海は溶岩流の後にできたものですし、富士五胡を分断したのも溶岩流だということがわかっています。このことからも、溶岩流がかなり広範囲に流れ出たことがわかります。

富士山の歴史は、まさに噴火の歴史だったのです。

 

富士山の噴火と誕生

静岡大学防災センターより今から300万年以上前、現在の富士山があった一帯は、まだ太平洋の一部で一面の海でした。そこに愛鷹火山と小御岳火山の二つが活動を始め、噴火を繰り返すことによってその一帯に陸地が生じます。

約8万年前にこの二つの火山が活動を停止し、死火山になるとその間に富士山の原型となる古富士が生まれ、噴火を繰り返していきます。両側を愛鷹火山と小御岳火山に挟まれた古富士は、噴火によって流れ出る溶岩流や噴出する火山灰がそれらの山で堰き止められることによって高くなっていったのです。

特に2~3万年前の古富士の噴火はすさまじく、富士山の歴史の中でも最も大規模な噴火が行われていたと考えられます。溶岩流のみならず、泥流も盛んに流れだし、現在の富士宮市から富士市、御殿場などに広く流出し、相模湾にまで達したことがわかっています。

やがて、古富士の頂上から溶岩が流れ出る噴火が始まり、徐々に新富士を形作っていきます。爆発を起こすことは少なく、基本的には静かに溶岩流を流す新富士の噴火は、山の形を損なうことなく徐々に高度を上げていきます。また、流れ出た大量の溶岩流はふもとの大きな湖を堰き止め、富士五湖になったのです。

 

記録に残る富士山の噴火

富士山の噴火が記録に現れるようになるのは、8世紀ごろからです。最も古い富士山噴火の記録は続日本記で、781年の噴火が記載されています。

それ以降、資料に残っているだけでも富士山の噴火や噴火に近い活動が12回行われており、平均すれば富士山は100年に1回ほどの割合で噴火を続けてきたといえます。現在300年以上噴火していないほうが不思議なほど、富士山は活発な火山だったのです。

数ある噴火の中でも、800~802年の「延歴の噴火」、864~866年の「貞観の噴火」、1707年の「宝永の噴火」は三大噴火と呼ばれる大規模な噴火で、大きな被害をもたらしました。
延歴の噴火

延歴の噴火は、800~802年 (延歴19~21年)にかけて起こった一連の噴火を指し、日本記略や富士山記、宮下文書にその内容が記述されています。

はじめの噴火は延歴19年4月11日~5月15日の1カ月間にわたり、火山灰の降り注ぐ激しい噴火が続きました。昼でも火山灰のために暗く、夜は噴火の光が輝き、雷のような鳴動がとどろき続けたと記述があります。

さらに、延歴20年から21年初頭にかけて再び火山灰の激しく降る噴火があって、それまで使われていた足柄路が砕石などでふさがれてしまったため、新たに箱根路を開いたとされています。道路がふさがるほど砕石や降灰が続いた激しい噴火で、その時に現在の東斜面に位置する「小富士」が生まれたと考えらえます。
貞観の噴火

貞観噴火は、日本三大実録に記載されている、平安時代の大噴火です。864年に起こったこの大噴火は、のちの宝永大噴火と並ぶ富士山の歴史上最大規模の噴火でした。

噴火が起こったのは、864年6月。山頂から10km北西の斜面で起こった割れ目噴火は、巨大な火柱と3回の大地震を伴い、大量の溶岩を流出させました。この溶岩流の規模はまさに貞観噴火の特徴ともいうもので、噴出物の総量が約14億立方メートルになる途方もないものでした。

北西山麓から流れ出た溶岩流は、扇状に広がって北麓にあった「せのうみ」と呼ばれる巨大な湖の大半を埋め尽くし、そのわずかに残った部分が分断されて西湖と精進湖となりました。現在の広大な青木が原の樹海は、この時の溶岩流の跡で、この溶岩はさらに河口湖のほうへ向かって流れていったと報告されています。すべてを飲み込んだ溶岩流は、1100年かけて新たに森林を育み、自然豊かな青木が原の樹海を生み出したのです。

この時の最も大規模な噴火は、はじめの1~2ヶ月のものだと考えられますが、貞観の噴火はその後2年に渡って噴火を繰り返したことがわかっています。
宝永大噴火

「週刊江戸」より宝永大噴火は、1707年に起きた富士山の噴火で、その大きな規模と最も新しい富士山の噴火ということで知られています。比較的新しい噴火であることから詳細な資料も多く、かなり詳細な噴火の状況が分かっています。

貞観の噴火が大量の溶岩を噴出したのに対して、宝永大噴火は溶岩の噴出を伴わないブリニー式の噴火です。ブリニー式の噴火では、噴石や火山灰などが火山ガスとともに噴煙柱となって吹き上がります。宝永大噴火では噴煙が上空20キロまで噴き上がり、富士山の斜面には高温の軽石が降り注いで家屋を倒壊させ田畑を埋め尽くしました。噴火そのものは12月16日に始まり12月31日に終焉しているのですが、被災民は食糧不足に悩まされるとともに、その後の田畑の復興にも苦労することになります。

その火山灰は100km離れた江戸にも降り積もり、当時江戸に暮らしていた新井白石は「よべ地震ひ、この日の午時雷の声す、家を出るに及びて、雪の降り下るごとくなるをよく見るに、白灰の下れる也。西南の方を望むに、黒き雲起こりて、雷の光しきりにす」と書き残している。(「折りたく柴の記」より)

宝永大噴火の49日前にはM8強の宝永地震が起き、死者2万人以上を発生させています。宝永地震は東海地震と南海地震の同時発生によって引き起こされたとされており、現在でも地震の発生が予想されている場所だけに、その再現が懸念されます。

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富士山噴火の歴史

  • 富士山噴火の歴史 に対する画像結果

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富士山の語源

富士山についての最も古い記録は『常陸国風土記』における「福慈岳」という語であると言われている。他にも多くの呼称が存在し、不二山もしくは不尽山と表記する古文献もある。また、『竹取物語』における伝説もある。「フジ」という長い山の斜面を表す大和言葉から転じて富士山と称されたという説もある。近代以降の語源説としては、宣教師バチェラーは、名前は「火を噴く山」を意味するアイヌ語の「フンチヌプリ」に由来するとの説を提示した。しかし、これは囲炉裏の中に鎮座する火の姥神を表す「アペフチカムイ」からきた誤解であるとの反論がある。その他の語源説として、マレー語説・マオリ語説・原ポリネシア語説等がある。

明確に「富士山」と表記されるに至るにおいては駿河国富士郡に由来するとするものがあり、記録としては都良香の『富士山記』に「山を富士と名づくるは、郡の名に取れるなり」とある。

 

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一番上の高い山は、赤石山脈、赤石岳(3120m)聖岳(3141m)。前の山並みは身延山地。左中の湖は井川湖で井川ダムがある川は大井川。

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まもなく関空へ着きます。

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通常の飛行ルートにおいて、
富士山がどちら側に見えるかをご案内します。

  • 実際の搭乗時は、気象状況や時間帯などによってルートが変更となり、富士山をご覧いただけない場合がございますのでご了承ください。
  • 表示する画像はイメージです。日没後や夜間帯にご搭乗の場合は、富士山はご覧いただけません。
  • 季節運航便、FDA(フジドリームエアラインズ)とのコードシェア便は表示されません

機内から見える富士山について、よくあるご質問をまとめました。

Q

羽田空港発の便で、富士山が見えるルートはいくつありますか?

A

空には航空路と呼ばれる道があり、羽田空港の近くで西に向かう路線では、合計6つの航空路があります。富士山の真上を通る航空路(Y28)では残念ながら富士山がご覧いただけませんが、富士山を挟んで北側3つ(Y884、Y18、Y20)、南側2つ(Y56、Y58)の航空路では富士山がご覧いただけます。西から羽田空港に向かう便はすべて富士山の南側を通りますので、左側の窓から富士山がご覧いただけます。

Q

航空路によって、富士山の見え方は違いますか?(火口が見えるか、どのような角度から見えるか)

A機種ならびに高度によって異なりますが、富士山近傍を通過する場合には火口もご覧いただけます。富士山を見下ろす形でご覧いただけますので、普段とは違った富士山をご覧いただけます。

Q

羽田空港を出発してから、どのくらいで富士山が見えますか?

Aご搭乗される飛行機の種類や上空の風の状況、羽田空港で離陸に使用する滑走路などにより若干異なりますが、離陸後およそ10分から15分後にご覧いただけます。

Q

富士山を通ると思っていたら、どこにも見えませんでしたがなぜですか?

A富士山のほぼ真上を飛行するルートを通る場合、機内からはほとんどご覧いただけません。羽田空港発の便では熊本空港行きや大分空港行きなどの路線が当てはまります。

  • 当日の飛行条件によっては、左側の座席から普段見ることができない真上からの富士山をご覧いただける可能性がございます。

Q

季節によって、富士山がきれいに見える時期などはありますか?

A一般的に冬場の方が空気中の水分量が少ないため、夏場より空気が澄んでいます。そのため、冬にご覧いただく富士山の方がくっきり見えるかもしれません。ただし、天気の悪い日で雲がかかっていますと季節に関係なくご覧いただくことができません。

Q

富士山の積雪は何月頃ですか?

A10月下旬~6月下旬頃まで、冠雪の富士山を楽しむことができます。

Q

富士山のほかにも、周辺に何か見えますか?(南アルプスや周辺の湖など)

A富士山周辺に雲がない場合には、富士五湖をはじめ伊豆半島、三保の松原などがご覧いただけます。また、羽田空港発の便では、富士山を過ぎて5分程度しますと、南アルプスの山々をご覧いただけます。

Q

富士山の近くをとんでいるとき、だいたい富士山の高さの何倍くらいの高さを飛んでいますか?

A機種および安全性を考慮した高度によって異なりますが、富士山の高さのおよそ2倍から3倍の高さで飛行しております。

Q

外の風景がよく見える座席はありますか?

A

窓がない座席や、翼の真上に位置する座席からは外の風景が見えづらくなっております。(座席指定の際に、窓のない座席や翼の真上の席をご確認いただけます。)

座席表とおまかせ設定の画面例

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

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