1. TOP
  2. 新発見!築地本願寺に動物🐵たちが棲んでいるのを発見!!🐂

新発見!築地本願寺に動物🐵たちが棲んでいるのを発見!!🐂

%e3%82%88%e3%82%8a%e3%81%bf%e3%81%a1%e3%83%ad%e3%82%b4-01%e3%83%98%e3%83%83%e3%83%80%e3%83%bc-13

久しぶりに築地本願寺に行った。ここは、築地市場、築地場外市場が目の前にあり、目的は買物したり、ランチの海鮮丼や鮨を食べたりが、今までは、主目的であったが、今回は、築地本願寺を探検するのが主目的だ。築地本願寺が動物たちの棲みかだと知ったのは、たった今だった。今日は、そのために興奮して帰ってきた。

浄土真宗本願寺派 築地本願寺

築地本願寺の歴史

1617(元和3)年の創建当時は、浅草近くの横山町に第12代宗主(門主)准如上人によって浄土真宗本願寺派の「別院」として建立され、「江戸浅草御堂」と呼ばれていました。

しかし、1657(明暦3)年、「明暦の大火」(当時は「酉年火事」とよばれていました)と呼ばれる歴史的に知られる大火事で坊舎を焼失してしまいました。幕府の区画整理のため、もとの場所への再建が許されず、その替え地として用意されたのが、八丁堀の海上でした。

築地本願寺の歴史1

そこで佃島の門徒が中心になり、本堂再建のために海を埋め立てて土地を築きました。それが「築地」という地名の由来となっています。
再建されたのは1679(延宝7)年、「築地御坊」と呼ばれるようになりました。
このときの本堂の正面は西南(築地市場方向)に向いて建てられ、大きな屋根は江戸湊(みなと)に入る目印にもなっていたようです。現在もにぎわう場外市場のあたりは寺内町でした。

しかしその後、1923(大正12)年、関東大震災にともなう火災により本堂を焼失しましたが、東京(帝国)大学工学部教授・伊東忠太博士の設計により、1934(昭和9)年、現在の本堂の姿となりました。
この本堂の外観は「インド様式」の石造りとなっていますが、本堂内部のお荘厳は伝統的な真宗寺院の造りになっています。

2011(平成23)年、本堂および大谷石(おおやいし)を積み上げた石塀が国の登録有形文化財に登録されました。

2012(平成24)年、浄土真宗本願寺派の直轄寺院となったことにより、それまでの「築地別院」から正式名称が「築地本願寺」と改められました。

2014(平成26)年、本堂、石塀、三門門柱(正門・北門・南門)が国の重要文化財に指定されました。

築地本願寺の歴史2
築地本願寺の歴史3

IMG_0966

 IMG_0922 IMG_0923 IMG_0924 IMG_0925

ご本尊 | 築地本願寺(浄土真宗本願寺派)

ご本尊

阿弥陀如来

ご本尊 阿弥陀如来 (ごほんぞん あみだにょらい)

ご本尊・阿弥陀如来は、極楽浄土にあって、大悲の本願をもって生きとし生けるものすべてを平等に救済してくださる仏さまです。親鸞聖人は和讃に「摂取して捨てざれば阿弥陀と名づけたてまつる」と、述べられています。お念仏は、私たち全てを救いとってくださる阿弥陀如来への報恩感謝のしるしです。

宗祖 親鸞聖人 (しゅうそ しんらんしょうにん)

親鸞聖人は、1173(承安3)年に京都の日野の里でお生まれになりました。9歳から比叡山で学ばれましたが、29歳で師・法然聖人と出遇い、本願念仏の道に入られ、念仏停止による越後流罪を経て、関東の地で主著『教行信証』(きょうぎょうしんしょう)の執筆を始められました。
煩悩に満ちた私たちは、阿弥陀如来のみ教えを仰ぐことこそ、苦しみの世を生き抜く道である、と90年の生涯をかけてお示しくださり1263(弘長2)年にご往生されました。

親鸞聖人
聖徳太子像

聖徳太子像 (しょうとくたいしぞう)

聖徳太子は、日本仏教の黎明期に、仏教を正しく理解し広められ、親鸞聖人が「和国の教主」と讃えられた方です。
この像は、1700(元禄13)年の春、佃屋又右衛門が奥州湯殿山へ参詣の途中の旅宿で同宿した僧から「聖徳太子16歳自作のお首(面)」を渡され江戸に持ち帰り仏師に尊体を依頼し、1702(元禄15)年に築地本願寺へ寄進したと伝えられています。

第23代宗主(しゅうしゅ)(前門主)
勝如上人御影(しょうにょしょうにんごえい)

浄土真宗本願寺派第23代門主(もんしゅ)。国内・海外へのご巡教に積極的に取り組まれ、「浄土真宗の生活信条」を制定発布して私たちの歩むべき道を平易に示されました。

本願寺前宗主 勝如上人
七高僧御影

七高僧御影 (しちこうそうごえい)

仏教は、インドから中国を経て日本に伝えられました。親鸞聖人は、阿弥陀如来の本願を信じ、その教えを正しく顕らかにしてくださった七人の高僧を師と仰がれました。
七高僧はインドの龍樹菩薩・天親菩薩、中国の曇鸞大師・道綽禅師・善導大師、日本の源信和尚・源空(法然)聖人です。

 

IMG_0933 IMG_0934 IMG_0935 IMG_0936

青龍

IMG_0938

朱雀

IMG_0939

白虎

IMG_0941

正面のステンドグラス

IMG_0942

左上のステンドグラス

IMG_0943

右上のステンドグラス

IMG_0945

鳳凰

IMG_0947

築地本願寺に棲む動物たち

伊東忠太

「Architecture」という単語を辞書で引くと、「建築」「建築学」と出てくる。
この訳語を定着させたのは、明治~昭和期にいくつもの歴史的建造物を残した建築家であり、日本建築史を創始した人物でもある伊東忠太だ。
築地本願寺

その伊東忠太の最大規模の代表作が、インドの仏教建築の要素を多く取り入れた築地本願寺。

1893年(明治26年)、帝国大学工科大学(現在の東京大学工学部)大学院在学中に日本建築史における初の論文『法隆寺建築論』を発表し、新たな学問の分野を切り拓いた伊東忠太は、それまで「造家」と訳されていた「Architecture」という単語に対し、「それでは芸術的 な意味合いが抜けている」と「Architecture 」の本義を説いて、 「建築」と訳すべきだと提唱した。
それを受けて、彼が帝国大学工科大学講師に就任した1897年(明治30年)、 「造家学会」は「建築学会」と改称、翌年、帝国大学工科大学「造家学科」も「建築学科」と改称された。
講師になった当時、彼は弱冠30歳。今の常識で考えたら、学会を動かすことのできる年齢でも地位でもない。

伊東忠太というのは、それほどすごい人物だったのだが、大の“妖怪好き”としても有名で、彼の設計した建築物には、しばしば動物や想像上の動物の装飾が施されている。

鳥.jpg
猿
象

築地本願寺には、 「物事は全体を見渡すことが重要」という教えの仏教説話「三畜評樹」に基づき、高い場所から順番に鳥、猿、象の彫刻がに置かれているが、鳥と猿の間には、牛、獅子、馬がいる。
これが何を意味するのは、ちょっとわからない。

牛
獅子&馬

忠太は、子どものころから絵を描くのが大好きで、本当は画家になりたかったそうだが、米沢藩士であった父に「男子の仕事ではない」と反対され、“似たようなこと”のできそうな造家学科に進学したとのこと。
1902年(明治35年)から3年間、中国、インド、トルコを中心とした世界一周建築視察旅行に出た彼は、細密な調査記録をスケッチや挿絵を交えで記した膨大なフィルードノートを残しているが、そのページの端々には、さまざまな妖怪が描かれていたりする。
彼が好きだった妖怪は『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくるような妖怪ではなく、中国、インド方面の妖怪だったようだ。

忠太は、他にも妖怪画や風刺漫画、手描きの絵葉書などを数多く残しているが、抜群した絵のうまさとともに、そのイマジネーションの豊かさ、素晴らしさに感服させられる。

クリエイターにとって最も大切な資質は、イマジネーションだと私は思っている。

IMG_0946

IMG_0949

IMG_0950

寺院には珍しいパイプオルガン

IMG_0951 IMG_0952

三畜評樹

築地本願寺には、いろいろな動物が、さりげなく、あちらこちらに棲(す)んでいます。仏教説話『三畜評樹』で知られる、鳥、猿、象がいます。
そのほかにも、牛、馬、獅子などがいます。
皆さんも堂内を探して見つけ出してください。
『三畜評樹』は「物事は全体を見渡すことが重要」という教えで、堂内の配置の高い順に写真を並べました。
鳥 猿 象 の順番です。
そのほかに堂内にいる、牛、馬、獅子の写真を下に掲載しました。もっとほかの動物たちがいるでしょう。
『三畜評樹』について、もう少し詳しく知りたい方は、
中野美代子著『三蔵法師』中公文庫をお読みください。

IMG_0953 IMG_0954

西遊記の主役「孫悟空」は猿、インド取経の旅をする
猿は釈迦の弟子「舎利仏(シャリホツ)」の前生だそうです

IMG_0955 IMG_0956 IMG_0957 IMG_0958

一番小さく弱い鳥が、樹木の全体を見渡すことができる
鳥はお釈迦(シャカ)さまの前生だそうです

IMG_0959 IMG_0960 IMG_0961 IMG_0962 IMG_0963 IMG_0964 IMG_0965

やさしい目の象、なぜか牙が切られている
象は釈迦の弟子「目犍連(モッケンレン)」の前生だそうです。

動物発見!

建築家・伊東忠太氏が描く、説話の世界

外観や意匠といい、靴を履いたままであがれる本堂といい、当時としては斬新な要素が盛り込まれた築地本願寺は、依頼者・設計者の想いがふんだんに取り入れられたようです。
本堂に向かう大きな階段には、羽根をまとった獅子像が左右に2体。上方には柱を背負った2体。本堂の入り口では、全体的に丸まるっとした牛や馬、獅子、象、鳥…。
築地本願寺内では、猿や鳳凰、舌が手すりになった珍獣などにも気が付きます。

これらの動物たちは、仏教説話に登場したり、インドや中国で神聖な象徴とされたりするものです。設計した建築家・伊東忠太氏は、『怪奇図案集』を出すほど、幼いころから妖怪が好きだったとか。また後に『伊東忠太動物園(筑摩書房・絶版)』が出版されたように、幻獣装飾は伊東忠太氏の個性でした。依頼者である西本願寺第22代大谷光瑞門主の理解のもと、説話の表現としてあちこちに棲まわせたようです。
こういったレリーフ(浮彫)のほかにも、よく見るといろんな所に動物が描かれています。
みなさん、見つけてみてください。

IMG_0966

築地本願寺本堂

IMG_0967 IMG_0968 IMG_0969  IMG_0971

有翼の獅子

 

築地本願寺境内の歴史散歩

IMG_1212

江戸時代の眼科医、シーボルトに師事を受けた。

IMG_1213 IMG_1214 IMG_1215

中央区佃島を築いた祖。大阪摂津国佃村から江戸へ。

IMG_1216 IMG_1217 IMG_1218

赤穂浪士、間新六の供養塔

IMG_0973 IMG_0974

本願寺境内内レストラン。

IMG_0979

築地場外市場、外国人でいっぱい。

IMG_0980

築地場外市場の賑わい。

IMG_0978

%e3%82%88%e3%82%8a%e3%81%bf%e3%81%a1%e3%83%ad%e3%82%b4-01%e3%83%98%e3%83%83%e3%83%80%e3%83%bc-13

\ SNSでシェアしよう! /

よりみち | 日帰り旅行やハイキング・散策のサイトの注目記事を受け取ろう

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

よりみち | 日帰り旅行やハイキング・散策のサイトの人気記事をお届けします。

  • 気に入ったらブックマーク! このエントリーをはてなブックマークに追加
  • フォローしよう!

ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

  • 国営ひたち海浜公園のコキアが真っ赤に色づいています🍁

  • 2018佐倉コスモスフェスタ開催中❗️オランダ風車を背景に50万本を超えるコスモスが満開です🌼

  • 増上寺に眠る6人の徳川将軍家墓所を尋ねました‼️

  • 伊能忠敬30年過ごした❗️「佐原の町並みと小野川沿い」をブラリ散策👟

関連記事

  • 都市のオアシス・深川ギャザリアを行く!

  • ハクモクレン咲く新宿御苑に春探しの「よりみち」をしました🌼

  • 印旛沼観光船のガイド兼助手にチャレンジ🚤水草、カワウ、サギ、カモの生きものたちがみられた🐟

  • 千葉の隠れスポット!葵御紋の大厳寺を行く!

  • 昭和30年代、武蔵野の農村風景👨‍🌾を再現「こもれびの里 古民家」の昭和記念公園にヨリミチ👩‍🌾

  • 雨上がり☂️佐倉・DIC川村記念美術館散策みちの植物たち🍀が生き生きしてました🌹