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成田空港からLCCで福岡空港経由、ユネスコ無形文化財遺産「唐津くんち」の唐津市内を散策!

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「唐津くんち」の本番には行けなかったが、唐津市内を散策してきた。唐津城の城下町として発展してきた街で、見上げると、唐津城が見える。唐津くんちを展示している曳山展示場には、各町の「唐津くんち」が展示してあった。古い歴史の「唐津くんち」を維持、保存していくことは大変なことがよくわかった。市内には、辰野金吾が設計デザインした旧唐津銀行本店の建物が保存されてあった。辰野金吾は、旧東京駅や日本銀行等の設計で有名で唐津出身である。他にも見るところ多くあり充実した日帰りの旅であった。

 

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唐津くんち

概要

乾漆で製作された巨大な曳山(ひきやま)が、太鼓・鐘(かね)の囃子にあわせた曳子(ひきこ)たちの「エンヤ、エンヤ」「ヨイサ、ヨイサ」の掛け声とともに、唐津市内の旧城下町を練り歩く。

祭り期間中の人出は延べ50万人を超える(唐津市の統計による)。昭和33年(1958年)に曳山14台が佐賀県の重要有形民俗文化財に、さらに昭和55年(1980年)には「唐津くんちの曳山行事」が国の重要無形民俗文化財に指定された。豪華な漆の工芸品の曳山は、現代の制作費に換算すると1~2億円に上るといわれている。

祭りの由来と遍歴

  • 唐津神社の神職を務める戸川家の口碑によると、神輿の御神幸は寛文年間(1661年1672年)に始まったとされる。今日の神幸行列のように曳山がこの祭りに登場するのは、一番曳山(いちばんやま)の「赤獅子(あかじし)」が文政2年(1819年)に奉納されてからのことである。以後、曳山は明治9年(1876年)までに15台が製作されているが、うち1台は消失し、今日奉納されているのは14台である。消失した曳山は紺屋町が製作した【黒獅子】で、明治22年(1889年)が最後の巡行となった。この原因には諸説あり、宵宮に提灯の火がつき消火のために堀に落としたところ、損傷が激しいために廃棄したという説もある。
  • しかし、その時代に現在のような宵曳山行事はなく、真相ははっきりしない。本来の「くんち」は、唐津神社の縁起にあわせて旧暦9月29日の本祭(現在の本殿祭と神幸祭(御旅所神幸)とからなる)を中心として営まれていたが、暦制の変更に対応して、大正2年(1913年)には本祭が新暦10月29日に、町廻りが翌30日に変更された。10月28日に行われていた「前夜祭」(のちに「宵曳山」に名称変更)が正式行事に加わったのは昭和37年(1962年)からである。
  • さらに、週休制の浸透や外来の観光客の招致といった理由によって、昭和43年(1968年)には、本祭のうち本殿祭のみを10月29日に残して、神幸祭(御旅所神幸)は祝日である11月3日に変更された。この変更にともない宵曳山も11月2日に、町廻りも同4日に変更されており、一般には、曳山の巡行をともなうこの11月2日からの3日間が「唐津くんち」と呼ばれるようになっている

 

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祭りの公式行事

  • 10月9日 初くんち……唐津神社の神前で各町の曳山囃子を奉納する。その後、各町で「おこもり」(実際には共同飲食)をする。これがその年のくんちの始まりを宣言することになる。各町の囃子の稽古が本格化し、町全体に俄然、「くんち」ムードが高まっていくのもこの頃からである。
  • 10月29日 神輿飾り唐津神祭本殿祭……御旅所神幸で巡行する唐津神社の神輿の飾りつけと、その年の豊作・商売繁盛を神前にて報告し、感謝する本殿祭が行われる。もともとは、この本殿祭が祭りの中心的な儀式である。
  • 11月2日 宵曳山……後述。
  • 11月3日 神幸祭(御旅所神幸)……後述。
  • 11月4日 町廻り……後述。
  • 11月5日 神輿受取渡の儀(神輿仕舞い)……その年の神輿の当番町から翌年の当番町へ神輿を引き渡す儀式。翌年の当番町は神輿を神社内の倉に仕舞い、その次の年の当番町に引き渡すまで、その管理の任に就く。

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唐津くんちの3日間

  • 11月2日 宵曳山(よいやま)
      午後7時30分、火矢を合図に、たくさんの提灯で飾られた1番曳山「赤獅子」が市中心部の大手口を出発。曳山が各町内で巡行に加わって行く。笛・鐘・太鼓で奏でる曳山囃子(やまばやし)に乗せ、法被姿の若者たちが「エンヤー、エンヤー」「ヨイサー、ヨイサー」の掛け声を夜の町に響かせて行く。宵曳山が現在の形になったのは

1966年

      (昭和41
    )以降で、それ以前は前夜祭として各町内がもっと遅い時間帯(深夜帯)にバラバラに曳いていた。
  • 11月3日 御旅所神幸(おたびしょ・しんこう)
祭りのクライマックス曳き込み・曳き出しが行われる。午前9時半、御神輿がお旅所へと向かうのを曳山が先導・護衛しながら市内を巡行する。午後12時に現在の御旅所がある砂地のグランドに1番曳山「赤獅子」を先頭に所定の位置に次々と曳き込まれる。見どころは、重さが2トン以上もある曳山の車輪が砂地にめり込むのをものともせず、所定の位置まで一生懸命に曳き込んでいく勇壮さである。なおこの日は神事の為、赤獅子は頭の上に御幣を掲げ神幸路を清めながら進む。
  • 11月4日 町廻り(まちまわり)
祭りの最終日。前日の御旅所神幸を終え各町内に持ち帰られた曳山が再び唐津神社前に集合。午前10時30分、花火を合図に1番曳山から順番に出発。2日の宵山と同じ市内東廻りのコースをゆっくりと進み、午後12時頃にJR唐津駅前に並べられる。午後3時に同駅前通りを出発して市内西廻りのコースを巡行し、最後に曳山展示場内に曳山が納められ唐津くんちの幕が閉じる。

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曳山展示場にて

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「唐津くんち」ユネスコ無形文化遺産登録の立て看板

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曳山コース

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唐津神社

歴史

社伝によれば、三韓征伐に際して航海の安全を住吉三神に祈願した神功皇后が、帰朝の後に報謝のため松浦の海浜に宝鏡を縣けて三神を祀ったのに起源を持ち、天平勝宝7年(755年)に、時の領主であった神田宗次が神夢により海浜に赴くと、漂着してきた宝鏡入りの筺を得たので、神功皇后の捧げた鏡であろうと帝に奏聞したところ、9月29日に「唐津大明神」の称号を賜ったという。文治2年(1186年)、宗次の後裔を称する神田広(実は源久の5男)が社殿を造立して神田を寄進し、神田宗次の霊を合祀したという。慶長年中寺沢氏唐津城を築いて入部すると、同7年(1602年)(または11年(1606年[1])に当神社を再建、以後唐津藩主の祈願所と定められ、崇敬を受けた。

明治6年(1873年)に郷社に列し、これを機に現在の「唐津神社」に改称した。それ以前の神社の名前はわからない。昭和17年(1942年)県社に昇格、戦後は神社本庁に参加する。

主な祭事

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辰野金吾デザインの旧唐津銀行本店

唐津銀行は明治18年に設立し、翌年に開業しました。設立時の頭取には、大島小太郎が就任しています。現在残る旧唐津銀行本店は明治43年8月に着工し、明治45年3月に竣工しました。

建設にあたり、大島小太郎とともに高橋是清から唐津藩英学校(耐恒寮)で教えを受けた工学博士辰野金吾の監督のもと、辰野金吾の弟子にあたる清水組の田中実が設計を担当し、装飾については京都高島屋が受け持っています。建物のデザインのスタイルは、辰野金吾がイギリス留学時代に流行したヴィクトリア様式のひとつであるクイーン・アン様式を日本化したいわゆる「辰野式」と呼ばれるもので、赤煉瓦に白い御影石を混ぜ、屋根の上に小塔やドームを載せて、王冠のごとく強調する辰野流の工夫が加味されています。

銀行としての営業は平成9年まで続き、平成10年に唐津市に寄贈されています。平成14年に唐津市指定重要文化財に指定され、平成20年度より3か年の保存修理工事を経て、平成23年3月より一般公開を行っています。

旧唐津銀行

所在地

佐賀県唐津市本町1513番地15

開館時間

午前9時から午後6時まで
入館は午後5時40分まで

休館日

12月29日から同月31日

入場料

無料

旧唐津銀行についての問い合わせ

旧唐津銀行
電話番号:0955-70-1717

交通案内

JR唐津駅より

徒歩約10分

大手口バスセンターより

徒歩約5分

自家用車で

  • 佐賀~長崎自動車道多久ICから約30分
  • 福岡~二丈・浜玉バイパスから約20分

駐車場

旧唐津銀行専用駐車場(有料)を利用してください。旧唐津銀行観覧者は1時間以内無料です。

館内案内

1F:多目的ホール金庫室営業室
2F:展示室(辰野金吾及び関連資料の展示
地階:レストラン唐津迎賓館

文化財保全のため建具などには触れないでください。

バリアフリー情報

  • 館内別入口スロープあり
  • エレベーターあり
  • 段差あり
  • 多目的トイレあり

展示解説

人物編-1辰野金吾~唐津は近代日本建築のふるさと~(PDF:1,092KB)

人物編-2相撲好きだった親子~辰野金吾と辰野隆~(PDF:964KB)

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旧高取亭

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国指定重要文化財、旧高取邸

明治時代の炭鉱王が遺した代表的な近代和風建築物

旧高取邸は、杵島炭鉱などの炭鉱主として知られる高取伊好(たかとりこれよし)の邸宅です。唐津城本丸の西南の海岸沿い、約2,300坪の広大な敷地に大きく2棟の建物が建っています。
平成6年から平成7年にかけて行われた国の近代和風建築総合調査でその重要性が確認され、平成10年12月に国の重要文化財の指定を受けました。

この邸宅は、伊好が自宅兼迎賓(げいひん)のために明治38年(1905年)に建てたものです。大広間棟にある板敷きの能舞台、植物の浮き彫りや型抜きの動物を施した(ほどこした)欄間(らんま)、杉板戸の絵など和風を基調としながらも洋館を設けるなど当時の最新の優れた意匠を見ることができ、近代和風建築のすばらしさが堪能できます。

特に藤、山桜、垂れ桜、菊、松、紅葉が描かれた29種類72枚の杉戸絵は京都四条派の絵師:水野香圃(みずのこうほ)が約半年くらい滞在して描いたと言われています。自然の豊かさがいっぱいです。

来賓用の玄関と主人用、家族用と3つもある玄関があります。風呂も、家族用と使用人用と別々にありました。外にはワインセラーの建物もあり、当時の豪商の凄さを伺うことができます。

平成13年から17年度にかけて文化庁の指導のもと修復・復原工事を行い、建築規模が最大になった昭和初期の状態に復元しました。

所在地

唐津市北城内5番40号

開館時間

午前9時30分〜午後5時(入館は午後4時30分まで)

休館日

  • 月曜日(月曜が祝日の場合は開館、翌日休館)
  • 12月29日から1月3日まで

連休や年末年始には、特別開館する場合があります。

入場料

一般510円
小・中学生250円

【団体料金】
一般400円
小・中学生200円

問い合わせ

旧高取邸

電話番号:0955-75-0289

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高取伊好(たかとりこれよし)のプロフイール

1850年、多久藩の儒臣(じゅしん)、鶴田斌(ひとし)の三男として誕生、9歳のとき姉の嫁ぎ先である高取の養子になりその家督(かとく)を継ぎました。
1871年、上京し「慶應義塾」にすすみ英学・鉱山学を学びます。
慶應義塾卒業後、官費学校の「鉱山寮」に入学しました。採炭技術を学んだ後、工部省に採用され高島炭鉱に赴任しました。長崎・佐賀県の炭鉱開発を行い、高島炭坑取締役、明治唐津鉱業組合長になりました。
1885年、独立し多久市の柚ノ木原炭鉱などの開発を手がけますが、三菱など大資本に押されたうえ大恐慌も重なり苦戦します。
1909年、杵島炭坑を買収し大規模開発に成功しました。従業員5,000人を抱え、「肥前の炭鉱王」の異名をとりました。
1927年、亡くなりました。

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末盧館(まつろかん)

日本最古の水田跡が確認された「菜畑遺跡」で出土した炭化米や石庖丁、農具、家畜として飼われていたブタの骨などの貴重な資料を展示しています。

館内のジオラマやビデオなどに加えて、遺跡公園内には、水田や竪穴式住居、縄文の森などを復元しており、当時のムラの様子を知ることができます。

所在地

佐賀県唐津市菜畑3359番地2

開館時間

午前9時~午後5時

休館日

月曜日(月曜日が祝日のときは開館、翌日休館)

12月29日から1月3日まで

入場料

  • 一般200円
  • 小・中学生100円
  • 未就学児無料
  • 20人以上は団体割引(2割引)

交通案内

JR唐津駅より

徒歩約15分

自家用車で

福岡から~二丈・浜玉バイパス経由、国道204号線へ。約1時間。

佐賀から~国道203号~国道204号へ。約1時間。

駐車場

なし

末盧館についての問い合わせ

末盧館
電話番号:0955-73-3673

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

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