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29年度の初詣は、ブラタモリ×鶴瓶の家族で乾杯の、成田山新勝寺に行きました‼️

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毎年、元旦に、自宅、佐倉の最寄駅、京成佐倉駅から、京成本線の特急で一駅の京成成田駅まで行って、人で身動きのとれない参道を、そろりそろりと成田山新勝寺を目指して初詣するのが、毎年恒例の行事である。たまたま1/2にNHKテレビで放映された1日前の元旦に行ったので、話題性のある初詣となった。

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成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)

千葉県成田市にある真言宗智山派であり、同派の大本山のひとつである。本尊は不動明王。関東地方では有数の参詣人を集める著名寺院で、家内安全、交通安全などを祈る護摩祈祷のために訪れる人も多い。不動明王信仰の寺院のひとつであり、寺名は一般には「成田不動」あるいは単に「成田山」と呼ばれることが多い。

2008年4月に開基1070年を迎えた(正確には、開基1068年にあたるが、開基1000年祭を1938年に祝ったため、2008年を開基1070年としている)。

毎年千葉県警は正月の初詣客数を発表しており、その数は2006年では275万人、2007年は約290万人となっており、明治神宮に次ぐ全国二位、千葉県内一位である。

寺紋は牡丹である。

大本堂

仁王門をくぐり、石段を上りきった正面に建つ、当寺の中心となる堂。本尊不動明王像を安置する。入母屋造り二重屋根の鉄筋コンクリート造で、規模は間口95.4m、奥行59.9m、棟高32.6m。1968年建立(設計:吉田五十八研究室 施工:大林組)。

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三重塔(重要文化財)

境内は広く、新旧のさまざまな建造物が並んで、庶民の信仰の場の雰囲気を残している。江戸中期~末期の建築である仁王門、三重塔、釈迦堂、額堂、光明堂の5棟が国の重要文化財に指定されている。

JRおよび京成電鉄の成田駅から新勝寺への参道が伸びる。参道を10分ほど歩き、急な石段を上った先の台地上に伽藍が広がる。石段の途中に仁王門、石段を上った先の正面に大本堂、その手前右手に三重塔、鐘楼、一切経蔵などが建つ。この他、大本堂の左手に釈迦堂、大本堂背後の一段高くなった地には額堂、光明堂、開山堂、平和の大塔などが建つ。境内の東側は広大な成田山公園になっている。

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歴史

成田山新勝寺は平安時代中期に起きた平将門の乱の際、939年(天慶2年)朱雀天皇の密勅により寛朝僧正を東国へ遣わしたことに起源を持つ。寛朝はの高雄山(神護寺)護摩堂の空海作の不動明王像を奉じて東国へ下り、翌940年(天慶3年)、海路にて上総国尾垂浜に上陸。平将門を調伏するため、下総国公津ヶ原で不動護摩の儀式を行った。新勝寺はこの天慶3年を開山の年としている。乱平定の後の永禄年間(1566年(永禄9年)頃と考えられるが未詳)に成田村一七軒党代表の名主が不動明王像を背負って遷座されて伽藍を建立された場所が、現在の成田市並木町にある「不動塚」周辺と伝えられ成田山発祥の地と言われている。「また新たに勝つ」という語句に因み新勝寺と名づけられ、東国鎮護の寺院となった。その後、新勝寺は戦国期の混乱の中で荒廃し、江戸時代までは寂れ寺となっていた。

江戸時代には、江戸征夷大将軍城下)でたびたび成田不動の「出開帳」(現代の語感でいえば、「秘宝特別出張公開」)が行われた。1703年(元禄16年)、深川永代寺富岡八幡宮別当寺で、廃仏毀釈により廃寺になったが、塔頭寺院が1896年(明治29年)名跡を再興した)で行われたのが初めで、江戸時代を通じて12回の出開帳が行われた記録がある。歌舞伎役者の市川團十郎が成田不動に帰依して「成田屋」の屋号を名乗り、不動明王が登場する芝居を打ったことなどもあいまって、成田不動は庶民の信仰を集め、成田参詣が盛んとなる。

明治維新以降、新勝寺はお札を通じて、戦時下の人々の精神的な助けとなった。当寺の「身代わり札」は「鉄砲玉から身を守る札」として日清戦争当時から軍人らに深く信仰されていた。満州事変から1945年の敗戦に至るまで、「成田市史年表」から拾い出すだけでも、33年から41年までの間に、歩兵第57連隊の兵士や近衛兵たちが10回以上も参拝し武運長久を祈願、お札を身につけている。 18代住職荒木照定1928年に新更会を設立、「成田町報」などを通じて、地域の民衆に対して、日本古来の伝統的思想の教化に積極的に努めた。1938年には陸海軍に「新勝号」「成田山号」と名づけた戦闘機を献納、また真珠湾攻撃の翌日にはそれぞれに10万円を献納するなど、新勝寺は積極的に協力した。

2007年11月28日、着工から3年8か月をかけたケヤキ造りの総門(高さ15m,桁行14m,梁行8m)が完成。

年表

  • 939年 寛朝大僧正が平将門の乱平定のため東国に派遣される
  • 940年 平将門の乱平定祈願のため、下総国公津ヶ原で不動護摩の儀式を行う
  • 1706年 江戸弥勒寺末より離れる
  • 1707年 大覚寺末に転ずる
  • 1925年 18代住職荒木照定、初の海外視察。場所はロンドン。帰国後の1928年、欧米偏重の風潮を嘆き新更会を結成
  • 1938年 開基一千年祭が開かれる。陸海軍機献納、陸軍機「新勝号」の命名式
  • 1943年 奥の院境内より1000本の木材を造船用に海軍へ献納
  • 1944年 新更会館(現霊光館)に海軍水路部が移駐
  • 1946年 大本山に昇格
  • 2008年4月 開基1070年

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釈迦堂

国の重要文化財。大本堂左手の広場に建つ入母屋造の仏堂で、1858年(安政5年)建立の旧本堂。後述の光明堂(これも旧本堂)と似た形式になるが、規模はこちらの方が一回り大きく、屋根正面に千鳥破風を付ける点も異なっている。堂の周囲には二十四孝五百羅漢の浮彫が施されている。

 

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額堂

国の重要文化財。大本堂左裏の階段を上った先の平地に位置する。1861年(文久元年)に建てられた入母屋造、全面吹き放し(建具や壁を造らない)の堂で、絵馬を掲げるための建物である。東北地方太平洋沖地震以後、掲げてある絵馬(普通の絵馬ではなく額装され絵画のように大きい)が強い余震により落下する恐れが生じたため、立ち入りが禁じられた。2015年から安全確保のための工事が進められている。

 

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光明堂

国の重要文化財。額堂のさらに先に建つ入母屋造の仏堂で、1701年(元禄14年)建立。釈迦堂が本堂になる前の旧本堂である。愛染明王・不動明王・大日如来が祀られている。愛染明王が祀られた右側は自由に立ち入り可能。

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奥之院

成田山新勝寺の本尊である「不動明王」の本地仏「大日如来」が安置されている。通常、内部は公開されていないが、大日如来の祭礼である成田祇園祭の期間中(その他の例外も有り)内部が一般に公開され参拝することができる。

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平和大塔「平和の大塔」とも称する。

境内最奥に建つ、鉄筋コンクリート造、高さ58.1mの多宝塔形の仏塔で、1984年の建立(設計監理:財団法人建築研究協会 施工:大林組)。外観は二重塔だが内部は5階建てである。塔の基壇部分にある1階は霊光殿と称し、大塔入口と写経道場のほか、絵馬などの文化財を展示している。2階は明王殿と称し、不動明王を中心とする五大明王の巨像を安置し、昭和曼荼羅、真言宗祖師伝などの絵画で荘厳されている他、大塔各所を警備するコンソールが置かれている。3階・4階はそれぞれ経蔵殿、法蔵殿と称し、信徒が奉納した不動明王の小像を多数安置している。5階は金剛殿と称し五智如来像を安置する。全館立ち入り自由(1階以外は土足厳禁)で、2階・5階では自分の守護仏を拝むことができる。地下には各国の元首から寄せられた「平和へのメッセージ」を封入したタイムカプセルが、落慶した1984年(昭和59年)、記念に埋められている。このタイムカプセルは2434年に再発掘・開封予定。

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成田山公園

境内の東側一帯に広がる、池を中心とした大公園で、広さは165,000m2

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成田山新勝寺への交通のご案内

大本山成田山新勝寺

所在地:〒286-0023 千葉県成田市成田1番地

電話 0476-22-2111(代表)/ FAX 0476-24-2210

GoogleMap

お車でお越しになる方へ

東関東自動車道成田ICから、国道295号線へ出て、寺台インターへ向かってください。
首都圏中央連絡自動車道(圏央道)にてお越しの方は、大栄JCT(6月7日開通)で東関東自動車道に乗り継ぎ、成田ICでお降りください。

新勝寺へご参詣にいらっしゃる方:
寺台インターを直進)→国道408号線→11番(成田山裏門入口)の信号を左折→直進すると左手に成田山新勝寺
お車の祈祷を受けられる方:
寺台インター左折)→国道51号線→4番の信号を右折→直進すると左手に成田山交通安全祈祷殿

駐車場のご案内:

  • 弘恵会土屋駐車場(徒歩3分)
  • 弘恵会田町駐車場(徒歩3分)
  • 弘恵会本町駐車場(徒歩3分)
  • ※その他駐車場、市営駐車場もございます。
成田山新勝寺の近くの駐車場(GoogleMap)

電車でお越しになる方へ

「京成電鉄 京成成田駅」または「JR線 成田駅」より 徒歩10分

京成電鉄をご利用の場合:

上野駅から特急で約65分、空港第2ビル駅からは約8分
※大晦日には、終夜運転となります。 詳しくは京成電鉄のサイトにてご確認ください。

○成田行き特別切符の御案内

成田行き特別切符「成田へ行くならおトクなきっぷで、開運成就 “成田開運きっぷ”」が発売されています。

成田開運きっぷ

JRをご利用の場合:

東京駅から横須賀線/総武線直通の「快速エアポート成田」で約70分
空港第2ビル駅からは約8分
上野駅から常磐線我孫子駅経由で約80分
※大晦日には、終夜運転となります。

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

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