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日本最古、世界でも有数な歴史を誇る、小石川植物園を訪ねた🍁

 

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晩秋の小石川植物園に行ってきた。ここは何回か皆と来ているが意外と紅葉の時期は少ない。江戸時代の大名庭園と違い、植物園なので手入れ等の違いで、自然のままにしている感じが好きだ。特にここのメタセコイアの黄色とイロハモミジの並木の赤が好きだ。紅葉はピークを過ぎていたが、自然な紅葉を十分楽しむ日帰りの旅ができた。

img_5336 園内で落下したカリン。ご自由にお持ち帰りください。

東京大学大学院理学系研究科附属施設

通称 小石川植物園

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小石川植物園の概要

東京大学大学院理学系研究科附属植物園は、一般には「小石川植物園」の名で呼ばれ親しまれており、植物学の研究・教育を目的とする東京大学の教育実習施設です。 この植物園は日本でもっとも古い植物園であるだけでなく、世界でも有数の歴史を持つ植物園の一つです。 約320年前の貞享元年(1684)に徳川幕府が設けた「小石川御薬園」がこの植物園の遠い前身で、明治10年、東京大学が設立された直後に附属植物園となり一般にも公開されてきました。 面積は161,588m2(48,880坪)で、台地、傾斜地、低地、泉水地などの地形を利用して様々な植物が配置されています。 この植物園は日本の近代植物学発祥の地でもあり、現在も自然誌を中心とした植物学の研究・教育の場となっており、特に東アジアの植物研究の世界的センターとして機能しています。 植物園本館には植物標本約70万点(植物標本は、東京大学総合研究博物館と一体に運営されており、全体で約170万点収蔵されています)、植物学関連図書約2万冊があり、内外からの多くの植物研究者に活用されています。 園内には長い歴史を物語る数多くの由緒ある植物や遺構が今も残されており、国の史跡および名勝に指定されています。 栃木県日光市には、1902年に設立された「日光分園」があり、東京では栽培の難しい山地植物に関する研究・教育が行われております。 この植物園も一般に公開されており、「日光植物園」の名前で親しまれています。 なお、日光分園の公開期間は4月15日から11月30日であり、冬期は一般公開をしていないことに御留意下さい。

img_5255   img_5257 メタセコイア

樹高は生長すると高さ25-30 m、直径1.5 mになる。

葉はモミやネズに似て線のように細長く、長さは-3 cm程度、幅は1-2 mm程度で、羽状に対生。秋に赤茶色に紅葉した後、落葉する。

雌雄同株で、花期は2-3月。雄花は総状花序、あるいは円錐花序となって枝から垂れ下がる。

結実は多く、秋から冬にかけて無数の種が地表に落ちる。

 

年譜

1638年 (寛永15年) 徳川幕府は、江戸の南 (現在の南麻布) と北 (現在の護国寺付近) に薬園を開設するが、護国寺の設立に伴い、麻布南植物園に移設
1684年 (貞享 元年) 麻布南薬園を小石川御殿内の北側に移す
1722年 (享保 7年) 小石川薬園内に養生所を開設
1735年 (享保20年) 青木昆陽が小石川薬園内で甘藷を試作
1868年 (明治 元年) 明治維新により東京府管轄、大病院附属御薬園と改称
1869年 (明治 2年) 大学東校管轄、医学校薬園と改称
1875年 (明治 8年) 文部省所轄教育博物館附属・小石川植物園と改称
1877年 (明治10年) 東京大学設立に伴い、法理文三学部附属植物園と改称
1880年 (明治13年) 東京大学附属小石川植物園と改称
1884年 (明治17年) 東京大学植物園と改称
1886年 (明治19年) 帝国大学令の発令により、理科大学に管理替え、帝国大学理科大学植物園と改称
1888年 (明治21年) 植物園規則を改め、入園料を徴収
1896年 (明治29年) 平瀬作五郎によるイチョウの精子発見 池野成一郎によるソテツの精子発見
1897年 (明治30年) 東京帝国大学理科大学付属植物園と改称 植物学教室が植物園内に移転
1902年 (明治35年) 日光に分園を開設、当初仏岩であったが、明治44年に現在地へ移設
1919年 (大正 8年) 東京帝国大学理学部附属植物園と改称
1923年 (大正12年) 関東大震災被災者の一部を植物園内に収容
1935年 (昭和10年) 植物学教室が本郷に移転
1939年 (昭和14年) 植物園本館完成
1945年 (昭和20年) 戦災で温室、黒門、集会所、教室跡建物を完全焼失
1947年 (昭和22年) 東京大学理学部附属植物園と改称
1950年 (昭和25年) 旧田母沢御用邸敷地が、日光植物園に移管
1952年 (昭和27年) 温室を木造で復旧
1964年 (昭和39年) 温室を鉄骨に改修
1969年 (昭和44年) 本郷地区の旧東京医学校本館(明治9年建造)を園内に移築(重要文化財)
1977年 (昭和52年) 東京大学理学部附属植物園運営委員会発足
1984年 (昭和59年) 植物園本館改修
1993年 (平成5年) 研究温室竣工
1998年 (平成10年) 東京大学大学院理学系研究科附属植物園と改称
2012年(平成24年) 文化財保護法の規定により名勝及び史跡に指定される 名称は小石川植物園(御薬園跡及び養生所跡)

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グランサムツバキ(つばき科)

園内案内 – 小石川植物園 

園内地図

img_5263   img_5265img_5261 メタセコイア img_5262 img_5264  img_5266 img_5267  img_5269 img_5270 img_5271  img_5273 img_5274  img_5277 img_5278

小石川御薬園

小石川植物園の敷地は承応元(1652)年に館林藩下屋敷が設けられたところで、白山御殿と呼ばれ、幼い藩主松平徳松の居邸であった。 徳松が5代将軍綱吉となって後、貞享元(1684)年に、現在の南麻布にあった幕府の南薬園が廃止され、白山御殿の敷地の一部が新たに薬園とされて「小石川御薬園」と呼ばれるようになった。 8代将軍吉宗の享保6(1721)年に御薬園が御殿地全体に拡張され、面積約4万5千坪のほぼ現在の植物園の形となった(地図参照)。 御薬園は御番医師の木下道円が管理していたが、芥川小野寺元風と交代した。さらに享保の拡張にともない、精子発見のイチョウのすぐ西側あたりを境として、西北側半分を芥川小野寺、東南側半分を岡田利左衛門が管理することとなった。 それぞれの屋敷には御薬種干場(乾薬場)があり、園内で生産された薬草を干して調整するために用いられていた。 岡田利左衛門の管理地内には享保7年12月(新暦1723年1月)に施薬院(養生所)が設けられ、享保20(1735)年には青木昆陽によるサツマイモ(甘藷)の試作が行われた。 御薬園は時代とともに衰退し、幕末の頃には5千百坪にまで縮小した。 しかし、明治維新により「大学病院附属御薬園」として東京府の所轄となるにあたり、ほぼ享保時代の敷地に復活された。

img_5279 img_5280 img_5281 img_5282 img_5283 img_5284  img_5286 総合博物館小石川分館  下のオレンジの建物は東京大学総合研究博物館 小石川分館 img_5287

旧東京医学校本館

日本庭園の一隅に国の重要文化財に指定されている旧東京医学校本館があります。 東京大学関係の現存する最古の建物で、明治9(1876)年に建築されたものです。 昭和44(1969)年に本郷構内よりこの場所に移されました。 現在は総合研究博物館小石川分館として利用され一般に公開されています。

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タラヨウ

本州静岡以西~九州、中国、四国に分布する。関東にも植樹されていることがある。中華人民共和国にも自生する。

雌雄異株で、花期は4~5月頃、4mmほどの小さな淡黄緑色の花が群れて咲く。秋には8mmほどの小さな球形の赤い実がなる。

葉は肉厚で20センチほどもある長楕円形をしており、その縁は鋸のように細かいきざぎざとなっている。

日本では葉の裏面に経文を書いたり葉をあぶって占いに使用したりしたため、その多くは寺社に植樹されている。

また、葉の裏面を傷つけると字が書けることから、郵便局の木として定められており、東京中央郵便局の前などにも植樹されている。

文字を書くことのできる性質がインドで経文を書くのに使われた貝葉の原料であるヤシ科のタラジュ(多羅樹、Corypha utan)という木のようだということで、タラヨウ(多羅葉)名前の由来となっている。

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巨木並木

オオバボダイジュやスズカケノキからなる巨木の並木。これらは明治時代に街路樹用樹木として試験的に植えられたものです。 img_5299 img_5304 img_5305 img_5306 img_5307    n img_5312 img_5313 img_5314  img_5316  img_5318

コダチダリア(キク科)img_5319

イロハモミジ並木

11月中旬頃からイロハモミジの並木が赤く色づき始めます。散策にぴったりです。   img_5320  img_5322 img_5323

コダチダリア(キク科)

精子発見のイチョウ

精子発見のイチョウ

植物園のほぼ中央にあるこの大イチョウ(雌株)を研究材料として、明治29(1896)年に、理学部植物学教室の助手であった平瀬作五郎が、種子植物にも精子が存在することを発見しました。 これは日本の初期の生物学者による世界的な発見で、生物学史上の偉業とされています。 昭和31(1956)年にこの木の下に精子発見60周年記念碑が建立されました。 この木の樹齢は年輪抽出により約300歳と推定され、幹回り4.9mの大木となっています。 このイチョウが生育している場所は、薬園奉行岡田利左衛門の邸内であったこと、利左衛門が享保(1718)年から奉行になったことなどから、おそらく利左衛門が植えたものと推定されます。 明治元(1868)年6月、お薬園が幕府から朝廷に移管される時、園内の樹木は期限内に伐採すると関係者の所有となることとなったため、そのほとんどが切り倒されてしまいました。 その時、この大イチョウも鋸で挽かれ始めましたが、太すぎたため、期限内に切ることができず、難を逃れたということです。 昭和のはじめ頃にはまだ鋸の切り傷跡が見られ「鋸歯のイチョウ」と呼ばれていましたが、現在では完全に跡が消え、この名も忘れ去られてしまいました。

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アクセス – 小石川植物園

  • 都営地下鉄三田線 白山駅下車 A1出口 徒歩約10分
  • 東京メトロ丸ノ内線 茗荷谷駅下車 出入口1 徒歩約15分
  • 都営バス(上60)大塚駅~上野公園線 白山2丁目下車 徒歩約3分
  • ※ 茗荷谷駅、都営バスでお出での方は千川通りセブンイレブンさん脇の小径を通っていただくと正門前に出ます。
  • ※ 自転車でお越しの方は、正門脇に駐輪場がございます。
  • ※ 駐車場はございませんので、お車でのご来園はご遠慮ください。
交通アクセス

小石川植物園によりみち!

ここの植物園は、江戸時代から明治時代の320年以上前の歴史の積み重ねが今の植物園である。例えば、スズカケノキをとっても、明治時代に外国から輸入して、街路樹研究として時間のかかる事を研究している。現代のスピードにはついていけない研究をやっているのは、かえってカッコいい事だと思った。

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

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