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山形新幹線「つばさ」で、庄内(山形県寒河江市)の本山慈恩寺「みちのくの仏像」に会いに行きました!

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2015/1/14〜4/5まで、東京国立博物館で特別展として開催されていた、「みちのくの仏像」展に出展されていた仏像4体に、偶然であいました。みちのくの厳しい自然の中に、このような仏像の存在があるという事が不思議でした。今回はぶらりと、山形城址と庄内(寒河江市)の慈恩寺を訪ねる日帰りの旅です。

山形新幹線「つばさ」

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山形新幹線「つばさ」福島で、手前、東北新幹線「やまびこ」を切り離して運行。

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さいたま市上空、青空に飛行機雲が綺麗だった。

img_4715 遠景は那須連峰img_4779 img_4784山形新幹線、山形駅構内の「つるしがき」

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国指定史跡山形城跡「霞城公園」

霞城公園は、市街地のほぼ中央に位置し、約35.9haの面積を有する山形城跡を整備した都市公園です。
延文元年(1356)に羽州探題として山形に入部した斯波兼頼(最上家初代)が築城したのが始まりと伝えられ、現在の城郭は第11代城主最上義光(1546~1614)が築いたものが原型とされています。本丸・二ノ丸・三ノ丸の三重の堀と土塁で囲まれた、全国有数の規模を持つ輪郭式の平城で、出羽の関ヶ原合戦「長谷堂合戦」で城郭が霞で隠れて見えなかったことから「霞ケ城」とも呼ばれていました。現在残っている二ノ丸の堀や土塁・石垣は、最上家改易後、元和八年(1622)に城主となった鳥居忠政により整備されたと伝えられています。
昭和61年に国の史跡指定を受け、平成18年には「日本百名城」に認定され、現在は桜と観光の名所になっています。また、公園内やその近くには、山形市郷土館、山形県立博物館、山形美術館、最上義光歴史館などの多くの文化施設があります。

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本山慈恩寺

寺伝によれば、神亀元年(724年)、僧基薩が諸国巡錫の砌、慈恩寺の景勝なるを見て都に帰り、聖武帝に奏上し、勅命によって印度僧婆羅門僧正が天平18年(746)精舎を建立して開基したのが慈恩寺の初まりであると書かれている。しかし、これはあくまで寺伝として受け止めるべきであろう。最近の調査で慈恩寺の歴史が少しずつ明らかになって来たのは平安後期からである。

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慈恩寺の宗教

伽藍記によれば、仁平年中(1151-53)奈良興福寺の僧願西上人が本願となって来山したとあり、これは興福寺が藤原氏の氏寺で」あったから派遣されたものである。興福寺は法相の寺であった。慈恩寺という寺号も法相宗の祖慈恩大師から来たもので、慈恩寺はその頃からすでに法相の寺院であり、法相寺院で通例とする弥勒菩薩を本尊とした。平安後期の慈恩寺の宗教は法相を主流とし、外に天台などの影響もあったものと思われる。それは常行堂や鎮守としての白山権現、金剛蔵王などを祀ったことによって覗われる。鎌倉時代の初頭、後白河院の院宣や右大将源頼朝の下文をもって弘俊阿闍梨が慈恩寺に来山して正式に真言宗が入ってきた。と同時に修験も入り、葉山との関係も生まれて来たと考えられる。室町時代になると時宗の宝徳寺や松蔵寺も入り、慈恩寺の宗教は法相のみならず、天台、真言、時宗と多くの宗旨が併存した。今日でも法会は法相の法式で行われている。鎌倉時代以降は真言が主流であったであろうが、必ずしも一宗に統一するということはなく、現在の残っている阿弥陀堂の前仏宝冠の弥陀の如きは天台宗で信仰されるものであるから真言のみではなかったといえる。室町の末、大江氏が滅亡すると、これに代わって最上氏が庇護を加え、三重塔や本堂の建築も行われたが、元和8年(1622)最上氏が改易になると、別当坊最上院は江戸幕府の陰の実力者天海僧正に取り入って天台宗に改宗しようとした。これに対して真言方学頭宝蔵院、同華蔵院が反対し、長年に亘って抗争を続けた。寛永19年(1642)慈恩寺は天台真言両宗兼学の一山となった。終戦後一山は宗教法人として独立し、本山慈恩寺と名乗り、慈恩宗となって現在に至っている。

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京文化の移入

慈恩寺は、平安後期に摂関家の荘寺的性格の寺院であったため、京文化が直接入って来た。それはこの期の仏像群が雄弁に物語っている。仏像は重文の阿弥陀如来を初め、30体を数えるが何れも中央で造られた優れた仏像である。これらの背景には摂関家の藤原氏があったからに外ならない。鎌倉以降においても現在の仏像は殆ど中央仏師の手になるものである。

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雪囲いしている現在の山門

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雪囲いがないときの山門

慈恩寺の寺領

平安後期には、寒河江荘の荘園主である藤原氏から、供料としての土地が寄進されたものと考えられる。大江氏になってからもそれらを安堵したであろうし、更に寄進の土地もあったと思われる、川向かいの八鍬郷が寺領であったことは、南北朝の文書にある。従って、八鍬郷はそれ以前から弥勒領となっていたものであろう。室町時代の応永2年(1395)には、慈恩寺衆徒が弥勒堂の神輿を箕輪郷に振置きして、箕輪郷を寺領としたという。こうして、江戸時代には寺領は18か村にまたがり、寛文5年(1665)には御朱印高2812石3斗余を幕府から与えられた。東北最高であった。
明治維新後御朱印が停止され、年々逓減録が支給されたが、それも明治14年には打ち切られ、一山は窮乏の渕に沈み、帰農する坊が続出した。しかし、今慈恩寺は重文の本堂を初め、数多い優れた国、県、市指定の文化財を擁して、古代文化の聖地として再生の道を歩んでいる。

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雪囲いしている本堂

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雪囲いしていないときの本堂

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雪の中に埋まっている本堂

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宝蔵院表門(県指定文化財)

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東京国立博物館 – 展示 日本美術(本館) 特別展「みちのくの仏像」

特別展「みちのくの仏像」
本館 特別5室   2015年1月14日(水) ~ 2015年4月5日(日)

 
国宝 薬師如来坐像(部分) 平安時代・9世紀 福島・勝常寺蔵

みちのくの仏像といえば、一木造、素地(きじ)仕上げ、力強い表現などが思い浮かびます。その顔は悟りを開いた超越者ではなく、人間味があります。厳しい自然に生きた人々の強さと優しさが表れているようです。この展覧会には、東北の三大薬師と称される、黒石寺(岩手県)、勝常寺(福島県)、双林寺(宮城県)の薬師如来像をはじめ、東北各県を代表する仏像が出品されます。会期中には東日本大震災から4年を迎えますが、仏像をとおして東北の魅力にふれていただくことで復興の一助になればと祈っています。

展覧会のみどころ

開催概要

(当時の特別展HPを一部転載)

 

十二神将立像
重要文化財 十二神将立像 (左から、丑神、寅神、卯神、酉神)

鎌倉時代・13世紀
山形・本山慈恩寺蔵

本山慈恩寺のある寒河江は都の影響を早くから受け、仏教文化が栄えました。個性豊かな本像は中央の仏師による作で、東北を代表する十二神将です。

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各建物は、雪囲いがして、冬支度。まもなく雪が降ってきます。

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新奥の細道ハイキングコース。熊がでる看板あり。

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慈恩寺三重塔(県指定文化財)

境内の西端に建つ。本尊は金剛界大日如来である。

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道の駅、「チェリーランドさがえ」。

山形県内の土産は何でもそろっている。     img_4887 img_4888

地元、庄内の、平田牧場で夕食。

キャベツ、ごはん、味噌汁のお替り自由。定価1700円が1000円と値ごろ感のある、かつ定食でした。

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山形新幹線、山形駅の新装なった駅ビル。

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帰りは18:03発のつばさです。

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本山慈恩寺、「みちのくの仏像」に会いました。

山形新幹線で山形に行くのは初めて。福島を過ぎると、山形新幹線は在来線を走るので、スピードが一段と遅かった。山形駅から、寄り道感覚で、どこへ行くのか決めていなかったので、駅の観光案内所で山形市の地図を貰い検討した結果、以前、東京国立博物館の「みちのくの仏像」展で東北地方の各県代表仏像のことを思い出して、慈恩寺に行く事にした。京都、奈良の寺院と違い観光客はなく、閑散とした寺のたたずまいであった。拝観料500円を払うと、寺の中を案内してくれた。ここが京都、奈良のあったら観光客の人気のある寺だと思った。ここ、みちのくの仏像は、慈恩寺の草創が興福寺の法相宗を庇護した藤原氏の影響が大であるとの説明を受けた。そのため、優れた仏像は都の仏師により制作されたもので、仏像は重文の阿弥陀如来を初め、30体を数える。じっくり案内して、すっかり「みちのくの仏像」が好きになった。これからも、みちのくの仏像を求めた旅をして行きたい。

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

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