1. TOP
  2. 佐倉市・文豪・吉川英治の母の里と印旛沼ミニハイク!

佐倉市・文豪・吉川英治の母の里と印旛沼ミニハイク!

 %e3%82%88%e3%82%8a%e3%81%bf%e3%81%a1%e3%83%ad%e3%82%b4-01

%e3%83%98%e3%83%83%e3%83%80%e3%83%bc-13

日帰り旅行

城下町佐倉から江戸方面の旧成田街道をたどる。

コース

京成佐倉駅前ー海隣寺坂ー愛宕坂ー田町ー外堀ー史跡、市営菖蒲園跡ー鹿島橋ー角来ー 石仏 堀田観音ー八幡神社ー史跡 吉川英治の母の生家ーふるさと広場ー竜神橋ー石碑 吉川英治の歌碑ー下根ー京成佐倉駅前

img_9391

img_9051

石仏 庄右衛門塚

img_9052

海隣寺坂(おっぺし坂)

田町商店街から市役所に上る坂道は、坂上に海隣寺があったことから海隣寺坂と呼ばれている。またこの道路は旧成田街道で当時荷車が上れないので、後押し(おっぺす)人夫がいたことから、おっぺし坂といわれている。現在の市役所の下にあり、成田街道が台地上の町へと上る坂です。街道筋の要地として、当時は木戸があり土手、竹矢来で守られていました。

img_9053

 

img_9054img_9059img_9060

 

img_9062img_9061

こちらの町が両町。向こう側は、片町。橋の名前が両町橋。

img_9065img_9066

外堀は現在、道路の関係上、「くの字」に曲がっているが、江戸時代は直線であった。

img_9067

史跡 市営菖蒲園跡の碑

img_9070img_9071

右が現在の鹿島橋。手前の岸から旧橋が架けられていた。水位が低い時に、橋の杭がみえる。

img_9073img_9074

旧成田街道

img_9075

現在の鹿島橋

img_9076

鹿島川、上流をみる

img_9077img_9079img_9081img_9082img_9084

旧成田街道

img_9086img_9088

馬頭観音

八代佐倉藩主、当時11万石、堀田正信は(万治3年、1660年)老中の政治を弾劾し幕府に諫書を提出し無断で、ただ一騎佐倉城に駆け帰った。しかし角来八幡神社下にさしかかった時、馬が疲れ果て倒れ息絶えた。80年後堀田正亮のとき延享3年、碑を建て、馬を供養したといわれている。

角来馬頭観音の由来

時は第4代将軍家綱の初期である。佐倉城主堀田上野介正信は老中松平伊豆守信綱の消極的な政治を弾劾し、万治3年(1660)10月8日、幕府に諫書を提出して江戸を無断で立ち退き、只一騎佐倉城に馳せ向かった。そして、角来の八幡神社の前に差し掛かったとき、疲れ果てた馬はついに倒れて息絶えたという。正信の諫書は認められず、江戸を無断で退去した罪により所領10万石は没収された。その後佐倉惣五郎伝説に付合して人々は怨霊の祟りによって正信は発狂しこの挙に及んだものであると噂した。
それから86年経った延享3年、正信の弟正俊を初祖とする第五代堀田相模守正亮(後に11万石老中筆頭となる)は山形から佐倉に転封となった。その8月初めて佐倉城に着任した日だった。角来の八幡神社の前に差し掛かると一人の老人が現れ、正亮の馬の手綱を持って大手門まで案内した。ところが、家臣の目にはその老人の姿は見えなかったのである。不審に思った正亮は家臣の者達に色々と尋ねたところ、一人の老臣が「それは正しく惣五郎の亡霊であろう」と答えた。正亮は「万々この理なき事なり」と笑っていたが宝暦年間に惣五郎を将門山の口之明神に祀り毎年2月と8月に盛大な祭典を行なった。この角来馬頭観音も、そのとき倒れた馬の供養の為、正亮が建立したものと伝えられている。
(佐倉市文化財審議会委員長 青柳嘉忠)

 

img_9089img_9090img_9091img_9092img_9094img_9095

 

八幡神社(角来)

祭神は譽田別命(ほんだわけのみこと)、創祀年代は明らかではないが、元禄16年(1703)に本殿、拝殿、鳥居を改築したことが正徳5年記(1714)当社縁に記されている。 古今佐倉真佐子には「坂の上に赤塗り、木の鳥居があります」と記されている。 八幡様は勉学、創業の神として後には軍神として崇拝され、源氏の氏神と記されている。

 

img_9099img_9100img_9101img_9102img_9103img_9104

八幡神社から歴博、佐倉城址公園方面をみる

img_9105

img_9113img_9112img_9108

img_9107

出羽三山参拝記念碑

『安永四乙羊』 と書かれてあった。
『安永四乙羊』 は、安永4年(1775年)で干支が乙羊の年のこと。
1775年と言えば、アメリカ独立戦争が起こった年である。

img_9106img_9109img_9105img_9115img_9116img_9117img_9118img_9119img_9120img_9121img_9122img_9124img_9126

img_9134

吉川英治の母の生家

代臼井町長山上辨三郎邸跡辨三郎の息女いくは、国民文学の父といわれる吉川英治の母であり娘時代をこの地で過ごした。

吉川英治の歌碑

【吉川英治と佐倉】「萱崖(かやがけ)は母のむねにも似たるかな 高きを忘れただぬくもれり」 1934年(昭和9)年箱根に遊んだときに詠んだ歌である。母いくは1921(大正10)年、英治29歳の時亡くなった。作家吉川英治、本名英次(ひでつぐ)は、1892(明治25)年8月11日現在の横浜市に生まれた。江原台自治会館前(江原台1丁目9の4)に「初代臼井町長山上辨三郎(やまがみべんざぶろう)邸跡」と刻まれた碑が建っています。いくは、佐倉藩士山上辨三郎の3女で国民文学の父といわれる吉川英治の母で、娘時代をこの地で過ごした。明治の娘のゆかしさは失っておられなかったやさしい母でした。いくの墓は、横浜市の蓮光寺にある。  代表作『宮本武蔵』は朝日新聞夕刊に1935(昭和10)年8月23日から連載され完結したのは、1939(昭和14)年7月11日でした。
img_9129

 

大雄寺

黄檗宗の禅寺。江戸時代中期の佐倉の風俗、町並み等を書いた「古今佐倉真佐子」にも登場する。かつては「大応寺」とも書かれたようである。

 

img_9131img_9138img_9139img_9141img_9142img_9143img_9144img_9145img_9146img_9150img_9153img_9163img_9168

佐倉ふるさと広場

鹿島川が印旛沼にながれこむ景勝地の一帯を、平成4年9月『佐倉ふるさと広場』と命名されました。平成6年には佐倉市制40周年を記念しオランダ風車リフーデ(友愛)が誕生,日本初の水汲み型風車で目印にもなっています。そばの印旛沼の自然,サイクリングロードと美しいロケーションがひらけている広場です。 毎年4月に開催される「佐倉チューリップ祭り」は平成元年に 日蘭修好380周年を記念して設けられ,まつりが開催される様になりました。また夏には「佐倉・国際印旛沼花火大会」が盛大に催され、秋になるとオランダ風車の回りはコスモスで覆われ、四季を通じて市民の憩いの場となっています。

img_9183img_9264img_9269

飯野竜神橋


印旛沼龍神伝説

天平三年(七三一年)、その夏はことのほか暑く、水不足となった。 時の聖武天皇の命により、龍閣寺の釈命上人(しゃくみょうしょうにん)が雨乞い祈祷を行うと、印旛沼の主の小竜が、大竜に殺される事を承知でその願いを聞き入れ、七日七晩、雨を降らせてくれた。雨が上がった後、沼のほとり三ヶ所で、分断された竜の死体がみつかり、上人は竜との約束どおり、頭を龍閣寺に葬り、寺の名を龍角寺と改めた。また腹部は現在の本埜村に、尾を八日市場市にある寺に手厚く葬られ、それぞれ龍腹寺、龍尾寺と名付けられたと伝えられている。

この竜神伝説にちなんで、「竜神橋」と名付けられ、口からは火ならぬ、水を噴き出しています。

img_9268img_9267

吉川英治の歌碑

【吉川英治と佐倉】「萱崖(かやがけ)は母のむねにも似たるかな 高きを忘れただぬくもれり」 1934年(昭和9)年箱根に遊んだときに詠んだ歌である。母いくは1921(大正10)年、英治29歳の時亡くなった。作家吉川英治、本名英次(ひでつぐ)は、1892(明治25)年8月11日現在の横浜市に生まれた。江原台自治会館前(江原台1丁目9の4)に「初代臼井町長山上辨三郎(やまがみべんざぶろう)邸跡」と刻まれた碑が建っています。いくは、佐倉藩士山上辨三郎の3女で国民文学の父といわれる吉川英治の母で、娘時代をこの地で過ごした。明治の娘のゆかしさは失っておられなかったやさしい母でした。いくの墓は、横浜市の蓮光寺にある。  代表作『宮本武蔵』は朝日新聞夕刊に1935(昭和10)年8月23日から連載され完結したのは、1939(昭和14)年7月11日でした。

img_9265img_9276

img_9273

内郷社協ミニハイクに参加して

佐倉市内郷社会福祉協議会主宰で、年1回行っている、佐倉市内ミニハイクに参加した。メンバーは同じ町内会のメンバーが多く、私は今回初めての参加でしたが和気あいあいのミニハイクでした。今回、吉川英治、お母さんの実家(佐倉市江原台)があった碑を通り、印旛沼を背景した吉川英治がよんだ碑を見て通るコースであった。途中、印旛沼環境フェアも開催されていた。てみじかな所に、文学的な巨匠のふるさとがあったのだと再認識した。

 

%e3%82%88%e3%82%8a%e3%81%bf%e3%81%a1%e3%83%ad%e3%82%b4-01

%e3%83%98%e3%83%83%e3%83%80%e3%83%bc-13

 

 

 

 

\ SNSでシェアしよう! /

よりみち | 日帰り旅行やハイキング・散策のサイトの注目記事を受け取ろう

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

よりみち | 日帰り旅行やハイキング・散策のサイトの人気記事をお届けします。

  • 気に入ったらブックマーク! このエントリーをはてなブックマークに追加
  • フォローしよう!

ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

  • 国営ひたち海浜公園のコキアが真っ赤に色づいています🍁

  • 2018佐倉コスモスフェスタ開催中❗️オランダ風車を背景に50万本を超えるコスモスが満開です🌼

  • 増上寺に眠る6人の徳川将軍家墓所を尋ねました‼️

  • 伊能忠敬30年過ごした❗️「佐原の町並みと小野川沿い」をブラリ散策👟

関連記事

  • 国立歴史民俗博物館、第4展示室の「妖怪」「河童」が面白い‼️

  • 日本一広いポピー畑に、3000万本の満開ポピーに感激🌼!日本一の花生産地!こうのす花まつり開催中❀

  • 日本橋から船に乗り、江戸城石垣や都心の川を探検・神田川クルーズ!!

  • 和銅2年(709年)創建の古刹、千葉寺を行く!

  • 佐倉学専門講座「利根川図誌」赤松宗旦ゆかりの布川を訪ねてバスハイク🚌

  • 上越新幹線「Maxとき」🚄で行った、新潟総鎮守・白山神社に日帰りのたび!!