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旧佐倉藩十一万石の総鎮守、麻賀多神社に行く!

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日帰り旅行

麻賀多神社、かんたんメモ

🔵麻賀多神社は、佐倉藩十一万石の総鎮守である。

🔵麻賀多神社は、古くからの古事記に「和久産日神」、日本書紀に「稚産霊命」とみえる神様を祀っている。

🔵麻賀多神社の珍しい名前の神社は、全国的に佐倉、成田、八千代、酒々井の地域に18のみ。

🔵麻賀多神社は、1050年前の政令集「延喜式」の巻第九巻・下総国の項に載っている。

🔵佐倉の秋祭りは古くから「麻賀多神社祭禮」が母体で、五穀豊穣に感謝する秋祭り。

 

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御祭神

御祭神は我が国のもっとも古い書物・国史書である古事記には「和久産巣日神」、日本書紀には「稚産霊命」とみえるお名前の神様です。伊勢の神宮外宮の御祭神「豊受姫命」の御親神であられます。

お名前の「和久」・「稚」は、ともに若いとか幼いという意で、「産巣日」・「産霊」は形成する・完成するの意で、若い・幼いものを育てあげるという御神徳を表しておられ、人・万物・事業の生成・発展を見守って下さる神様です。 殊、恋愛成就・安産子育・健康守護・事業発展の御神徳をいただける神様です。

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御由緒

当社は旧佐倉藩の総鎮守で、古くから「まかたさま」とこの地方の人々に親しまれ、崇敬されてきたお社です。

麻賀多神社という神社は、当社をはじめとしてこの佐倉市内に11社・隣接する酒々井町2社・成田市2社・富里市2社・八千代市1社を数えます。一見多く存在するようですが、これを全国的に見ますと他の地方には見られない、珍しい名前の神社で、印旛沼の東側から南にかけての地域にのみ存在する神社です。

しかしながら今から約1050年程前に完成した政令集「延喜式」の巻第九・下総国の項に、この「麻賀多神社」の社名が記載されており、当時すでに中央にまで知られていた神社である事がわかります。

その御鎮座は佐倉地方開闢の頃と云われており定かではありません。しかし社名については口伝によると以下のようになっております。

鎮座している千葉県は古来、麻の産地であり「総国・ふさのくに」の総は麻を表しております。その中にある印旛地方は下総国成立以前は印旛国であり、朝廷より国造(くにのみやつこ)が派遣されておりました。その国造に多一族の伊都許利命が就任してたとの記録が先代舊事本紀に記載されております。その国造が代々祀ってきたのが当社であり、「麻の国で多氏が賀す神の社」と訓読みすることが出来ます。鎮座地の「佐倉 」という地名も「麻の倉」が転じてと言われており、佐倉地方が古代物流の中心的地位を占めていたことが判ります。

時代が下がり、徳川時代になると神社の西方に土井利勝公が佐倉城を築き、その城主となってからは、当社はこの地方の氏神様であるばかりではなく、城の追手門近くに鎮座する神社なので、城地鎮護・佐倉藩総鎮守の神として代々の城主・家臣に篤く崇敬され、社殿の度々の造営・神号額・神鏡・絵馬等の奉納が続きました。現在の社殿は天保14年、のちに幕府の老中首座を務めた藩主堀田正睦公が新たに建て替えたものです。尚、平成15年に氏子一同の奉賛により大修営が行われ、厳かに正遷座祭が斎行されました。

明治維新以降は佐倉城趾に陸軍連隊が配置され、県内各地から入隊した房総健児が武運長久を祈願しました。

先の大戦よりすでに久しく、現在は安産育児・家内安全・病気平癒などをお祈りする人々がいつの世に変わらず社前に見られ、樹齢800年以上の大銀杏をはじめ古木・大樹に囲まれた境内は氏子・崇敬者の憩いの場となっております。

(佐倉鎮守、麻賀多神社のHPより引用)

 

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まもなく七五三、お詣りされる方が結構いました。

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神社内の麻賀多神社略記

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麻賀多神社のご神木、イチョウ、推定樹齢800年

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佐倉市認定の保存樹

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ご神木前で縁結び

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佐倉市内に居住する私の家は、麻賀多神社を我が家の神社として、七五三の時もお参りしてお守りしていただいている。

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末社・疱瘡神社(なで恵比寿)

少彦名命をお祀りし、医薬医術の祖神として病気平癒の御神徳が在られます。また別名なで恵比寿としてお姿を現され、御神像を直に撫でることにより、そのお力を戴けます。

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摂社・稲荷神社(麻賀多さまの御子神)

豊受姫命(別名・倉稲霊命)をお祀りし、五穀豊穣・商売繁盛はもとより、御祭神の御子神としてのお立場より、家内安全・子孫繁栄の御神徳をお持ちです。

(佐倉鎮守、麻賀多神社のHPより引用)

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<石碑・記念碑>

境内には多くの碑が建立されておりますが、代表的なものは忠勇之碑(日露戦争忠魂碑)・義烈之碑(戊辰戦争より日清戦争迄)・両士記念之碑(戊申戦争時の佐倉藩関係者二名)が上げられます。いずれも我が国発展の為に尽くしお亡くなりになった方々のお名前を刻んであります。

(佐倉鎮守、麻賀多神社のHPより引用)

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麻賀多神社は駐車場もあり、神社東参道から直ぐ。

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まもなく秋のお祭り。2016年は、10/14・15/・16です。

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2016年、佐倉秋祭りのポスター

佐倉の秋祭り、山車の競演

<ご例祭>

10月14~16日(渡御等10月第二金土日) ご例祭ライブラリー

当社の大神輿(佐倉市指定文化財)は県内で使用されている神輿では最大級(台輪巾5尺・1.51メートル)のもので、江戸中期・享保六年に江戸から職人10名程を呼び、8ヶ月の月日と当時の金子約360両という大金をかけて造り上げた豪華な大神輿です。

白丁という昔ながらの服装をした氏子青年(鏑木青年会)約40名の奉仕によって「明神祭りさらば久しい」の掛け声のもと渡御され、各町内と旧佐倉地区の本町神明大神社・弥勒町八幡神社・田町愛宕神社からは万灯と佐倉囃子にのって山車・御神酒所が曳き出され、城下町佐倉の伝統ある祭りが繰り広げられます。

山車は7台(現在は2台)あり、江戸時代から明治初期にかけて神田周辺で調えられもので、竹生島・石橋等の本格能装束を着けたもの、日本武尊・関羽等の武勇たけるものが上に乗ります。

御神酒所は屋根型の屋台で、神社神輿の担ぎ棒を欄干に掛けて麻賀多様に御神酒を奉納するところから、佐倉では屋台のことを御神酒所と呼んでいます。

(佐倉鎮守、麻賀多神社のHPより引用)

 

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麻賀多神社、正面。ここの階段で、お神輿の出入りが見られる。

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武家屋敷も近くにある。


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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

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