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千葉の隠れスポット!葵御紋の大厳寺を行く!

日帰り旅行

徳川時代image全盛を誇った、関東十八檀林の一つの大厳寺・隣接は広大な敷地の淑徳大学

 

さ〜!「想い出づくりの旅」にブラリと出かけませんか!感動が待ってますよ!

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今回は、千葉、大森台駅から「ぶら〜り」大厳寺へ向かいました。徒歩20分。大厳寺は浄土宗、関東十八檀林の一つ(筆頭檀林は増上寺)で、徳川家康が関東進出した時、関西から一緒に連れて来た寺院といわれている。

(長谷川副住職談)

境内は静寂、修行僧の読経が聞こえてくるような…

大厳寺を初めて知ったのは、淑徳大学で公開講座等訪問した折、隣接に大きな寺院があったので、ブラリと「みちくさ」したのが始まりでした。徳川時代は、江戸の増上寺と同様、浄土宗の関東十八檀林として、修行僧の修行の場であった。今から想像してみると、当時は、修行僧を何百と数えていた様である。栄枯盛衰そのものである。寂れている感んじはあるが、その分、境内は静寂に包まれていて、丁度訪ねた時は、季節の花、スイフヨウが咲き乱れていて、居心地がよかった。千葉の郊外、たまの散策にはいいと思います。

 

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大厳寺の概要

在地 千葉県千葉市中央区大巌寺町180番地
山号 龍澤山
院号 玄忠院
宗派 浄土宗
寺格 知恩院末中本寺
創建年 天文年間(1532年~1555年)
開山 貞把
正式名 龍澤山 玄忠院 大巌寺
文化財 本堂・書院(登録有形文化財)

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大巌寺山門

歴史

天文年間(1532年 – 1555年)下総国生実城城主原胤栄夫婦の開基、貞把の開山により創建されたという。早くから浄土宗の檀林が設置された。1869年(明治2年)には勅願所となっている。境内はかつて「鵜の森」として千葉県の天然記念物に指定されていた時期もあったが、戦後激減、消滅し1974年(昭和49年)指定が解除された。

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境内掲示による大巌寺の縁起

当山は山号を龍澤山、院号を玄忠院といい、天文20年(1551)、千葉氏四天王の一、生実城主・原式部大夫胤栄夫妻を開基に、道誉貞把上人が開山となり創建された学問寺であって、江戸時代には関東十八檀林の一つとして栄えた。寺伝によれば、永禄3年(1560)に堂塔伽藍が整い、鎮守として東に愛宕、西に鷲明神、北に富士、客殿の間に天照皇太神等を勧請した。この頃学寮は四十余りあったといわれ、寺領七十貫を有していた。

境内の林中に大沢があり、昔から「龍が澤」と呼ばれていたので、当寺を龍澤道場(精舎)と名づけ、のち山号とした。これよりさき天文年中、下総国千葉郡生実郷のあたりを布教していた道誉上人は、かの瀧が澤の水中に入り、念仏すること二十一日。ときに阿弥陀仏が金光を放って現れたつぶさに一宗の奥義を授けたという。この霊告のゆえをもって、浄土宗では上人を道誉流伝法の祖とし、当寺をその根本道場とした。
永禄12年(1569)5月には、東国戦乱の折から領主より寺門清安のため禁制(札)をうけ、天正5年(1577)、二世・安誉虎角上人代に、胤栄より寺領並びに屋敷等の安堵状をもらっている。虎角上人は徳川家康とも親交があり、関東の寺院のなかではもっとも早い時期に家康と関係をもっている。

このことは天正18年(1590)5月23日付および25日付の家康書状、同年7月28日付の家康寺領安堵状など、いずれも家康の江戸入国以前の諸史料の存在が雄弁に語っている。原氏滅亡後、幕府の祈願寺となり、元和3年(1617)3月には朱印百石が寄せられた。
虎角上人のあと、三世・雄誉霊厳上人、四世・源誉随流上人、五世・典誉潮流上人など名僧が相次ぐにともなって、全国各地より修学を志す若い学徒が集まり、檀林として隆盛をきわめた。しかし、その後は増上寺をはじめとする江戸の檀林の盛況に比し、徐々に衰微の傾向をたどっていったもようである。江戸時代には県内に末寺二十余ヶ寺を有する地方本山でもあった。明治2年(1869)2月には、他の檀林とともに勅願所の綸旨を賜っている。

久しく荒廃していたが、第二次世界大戦後、中興六十世・謙誉良信上人の代になって復興をみ、こんにちにいたっている。(境内掲示より)

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関東十八檀林
増上寺 – 東京都港区に所在する、関東十八檀林の筆頭寺院。
学校法人大乗淑徳学園 – 淑徳大学の運営法人。本部は東京都板橋区。

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大厳寺、本堂。スイフヨウが綺麗でした。

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文化財 本堂・書院(登録有形文化財)

関東十八檀林

関東十八檀林(かんとうじゅうはちだんりん)とは、江戸時代初期に定められた関東における浄土宗の檀林(僧侶の養成機関・学問所)18ヶ寺をいう。江戸時代には浄土宗の僧侶の養成については、この18カ寺に限られていた。

江戸時代初期、知恩院は浄土宗の有力な寺院のひとつではあったが、宗派内での地位は明確ではなかった。慶長2年に知恩院の尊照が「関東檀林規約」五条を定め、本寺・末寺の制度が整備された。また元和元年7月24日には増上寺の存応の案による「浄土宗法度」三十五条が幕府によって発布され、門跡を知恩院、総録所を増上寺とする教団体制が確立した。18寺の檀林が公式に認められ、宗派の重要事は檀林の会議で決すること、僧侶の養成も檀林でのみ行うこととされた。

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大巌寺本堂

関東十八檀林

武蔵国 
増上寺(東京都港区)
伝通院(東京都文京区)
霊巌寺(東京都江東区)
霊山寺(東京都墨田区)
幡随院(東京都小金井市)…昭和15年(1940年)、浅草神吉町より移転。
蓮馨寺(埼玉県川越市)
勝願寺(埼玉県鴻巣市)
大善寺(東京都八王子市)
浄国寺(埼玉県さいたま市岩槻区)
相模国 
光明寺(神奈川県鎌倉市)
下総国 
弘経寺(茨城県結城市)
東漸寺(千葉県松戸市)
大巌寺(千葉県千葉市)
弘経寺(茨城県常総市)
上野国 
大光院(群馬県太田市)
善導寺(群馬県館林市)
常陸国 
常福寺(茨城県那珂市)
大念寺(茨城県稲敷市)

 

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大巌寺不動堂

大巌寺にある不動明王の縁起

当寺の開山道誉貞把上人(増上寺九世)の不動明王にまつわる利生霊験譚は広く人口に橧灸している。道誉上人は和泉国の生れで13歳で出家したが、生来愚鈍であった。しかし道心深く、17歳のとき関東修学を志し、下総国飯沼弘経寺で修行を積み帰郷した。ところが上人が高座に登って説法を始めると、ことばに詰まり、顔を真赤にして高座からころがり落ちたので、聴衆はこの様子に落たんし、中には嘲笑する者さえでる始末であった。

そこで上人は再び研鑽を志し関東に向った。その旅の途中、かねてから成田不動尊の霊験あらたかなることを聞いていたので、参籠を企て二十一日間(百日ともいう)己が鈍才が改まるようにと断食をなし、心から祈願をした。満願の夜、夢に不動明王が現れ、巳切れには利剣を、左手にはさびた剣をさげて、「汝もし志願を達せんとするならば、剣を呑了せよ、この二剣のうち何れを呑まんとするや」と問うた。

上人が「利剣を呑まん」と答えると、不動明王は利剣を振って上人ののどを切り裂いた。上人は一升あまりも血を吐いて悶絶してしまった。夜が明けて寺僧が参籠堂の前を通りかかると、中に衣を血に染めて倒れている道誉上人の姿を発見した。寺僧は大いに驚き、人を呼んで上人を介抱し、湯薬を与えて手当てを施した。寺僧は上人より事情を聞き、今更のように不動明王の霊験に驚き、壇上の本尊を仰ぐと、その剣に血がついていた。

こののち上人は、生まれかわったように賢くなり、弁舌爽やかで、説法を聞く者は皆ことごとく深い感銘を受けた。こうした因縁から、道誉上人は当寺創建後、成田不動尊の分身を勧請して安置したといわれ、「開運増慧」の不動尊として庶民の信仰を集めこんにちにいたっている。現在、毎月28日の縁日に不動講がもたれ、とくに節分会および正五九の大祭には参詣者で賑わう。(境内掲示より)

 

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大巌寺鐘楼。地元の人いわく、除夜の鐘も聞こえるそうです。

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大巌寺から生実神社を通って明徳学園までの、散策コースがある。(1時間40分コース)

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鳴かずの池

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戦後、「鵜の森」として天然記念物の指定をされていましたが、鵜が激減して昭和49年に指定解除となった。「鵜の森」の記念碑

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以前、大厳寺の境内だったところに、「淑徳大学」が設立されている。看護学部等福祉系の強い学校。

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近代的な大学構内

学校法人大乗淑徳学園 – 淑徳大学の運営法人。本部は東京都板橋区。

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淑徳大学、最上階からの展望

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スイフヨウが雨に濡れて綺麗でした。スイフヨウの花が、白からピンク色に変わるのは、花の細胞が赤色のアントシアニンという色素を生合成していくためです。25℃以上あると作れやすく、特に午後から活発に作られます。光は関係ないそうです。

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大巌寺、ウイキペディア

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%84%E5%9C%9F%E5%AE%97

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ライター紹介

Tokkyna

千葉県佐倉市在住
東京都江戸川区小岩出身

趣味:古地図による散策(特に裏道が大好き)
    LCCによる全国歴史探訪(特に城壁のそりが大好き)

この人が書いた記事

  • 国営ひたち海浜公園のコキアが真っ赤に色づいています🍁

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  • 伊能忠敬30年過ごした❗️「佐原の町並みと小野川沿い」をブラリ散策👟

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